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煩悩ラプソディ

第35章 二人三脚/SM






車内に戻りナビの時計を見れば、時刻はもう8時になろうかとしていた。


「ほらやっぱりね。どうりで腹減ったと思ったもん」

「ふ、腹時計正確すぎんだろ」


そう言って小さく笑いながら車を発進させた。


完全に夜の装いを纏った海岸線、穏やかに波立つ真っ黒な海を見ながら走り抜ける。


何だか無性に名残惜しくなって、助手席の窓を全開にして。


窓の淵に腕を組み、潮風をダイレクトに浴びる。



砂浜でキスなんて…ドラマみたいなことよくやったな。


普段なら外であんな雰囲気になることはまずないし。


俺んちのベランダでキスするのだって躊躇う翔くんなのに。


でも今日のあのシチュエーションはキスしないほうがおかしいと思わない?


ほんとはさ、翔くんから"プレゼントだよ"って言ってしてくれりゃ良かったんだけど。


結果的に、あの照れ屋の翔くんをいつもより大胆にさせることが出来たってだけで俺は満足。


やっぱムードって大事なんだね、なんて今更か。


それよりなにより。


そんな付き合いたての初々しいカップルみたいな感覚がまだ俺らに残ってたことが、ほんとは一番嬉しかったりして。


ほんとに…


今日はほんとに最高の誕生日になったよ。



「なぁ何食う?どこ行く?」


ふいに風の音に紛れて聞こえてきた翔くんの声。


「んーそうだねー、何にしよっか」

「え?なんて?」

「寿司かなー。あ、中華もいいなー」

「は?ちょ、聞こえねぇって」

「こないだの店も良かったしなー」

「おい窓閉めろって!」


声が大きくなった翔くんに、笑いながら『え?』ととぼけてみせて。


「…じゃあさ、俺んちで」

「え?マジで?」

「うん、うちで飲もうよ」



だから特別なことなんて何もしなくていいんだってば。


今日はただ…


俺と一緒に居てよ。



「またベランダで飲む?」

「…しねぇぞ、キス」

「またまた~」



肩を揺らして笑い合うこの空間が、何にも代え難い大切なもの。


そこには当たり前のようにあなたが居て。


それはこの先、ずっと続いていくものなんだって。


こうして毎年噛み締めることができる幸せ。


年に一度の区切りの日は…


あなたとより深い絆で結ばれる日でもあるんだから。






end

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