煩悩ラプソディ
第36章 愛のしるし/AN
「…やっぱ起きねぇか」
ぽつり降ってきた先輩の声。
思いの外近くに感じて、でも目を開けようにもそれが出来なくて。
しばらく続く沈黙。
さすがにこれ以上先輩の前で寝たフリは無理だ。
たった今目が覚めたって感じを装って目を開けようとしたその時。
キィと椅子を引く音がして、全身の動きを止めた。
『よいしょ』と小さく漏れた声と共に、すぐ傍に先輩が座った空気が漂ってくる。
え、なに…?
なんで横にっ…
そう思ったのも束の間、今度は枕の右側が微かに沈み。
そっと触れた先輩の大きな手が、俺の前髪を撫でるようにゆっくりと動いて。
「大丈夫かぁ…二宮」
大好きな優しい声色でそう言われて、心臓がきゅうっと締め付けられた。
っ、相葉せんぱ…
尚もさわさわと撫でつけられるおでこ。
みるみる内に上がっていく体温は、先輩にも絶対にバレてるはずだ。
やばい…
どうしよっ…
「お前さぁ…頑張りすぎじゃね?」
ぽんぽんとリズムを変えて撫でられながら、相葉先輩の優しい声が耳に届く。
「…あんま無理すんな。体もたなくなるからさ。
じゃないと今日みたいにまたふっ飛ばされんぞ」
ふふっと鼻から漏らした笑み。
きっと俺の大好きなあの顔で笑ってる。
「ケガでもしたら大変じゃん…只でさえお前ほっそいのに」
言いながらまた優しく往来するその手に自然と顔中に熱が集まる。
「お前の代わりなんかいねぇんだからさ…分かってんの?」
そしてからかうような声でつんと突かれた頬。
突然頬を触られたことにも驚いたけど、その前に。
先輩いま、何て言いました…?
「…勝とうな、一緒に」
言い終えてつんつんと頬を擽る指。
待って…
それって…
それって先輩っ…
「…うおっ!」
堪え切れなくなってぱちっと目を開ければ、目の前に面食らった相葉先輩の顔。
「っ、あのっ!俺っ、今度の試合っ…!」
体を起こしながら矢継ぎ早に続けると、一瞬固まった先輩はふふっと笑ってカバンの中を探り。
手渡されたのは背番号7のユニフォーム。
「…頼んだぞ、未来のエース君」
ニッと笑って再びぽんと頭に置かれた大きな手に、込み上げる嬉しさを抑えきれずに大きく頷いた。