煩悩ラプソディ
第36章 愛のしるし/AN
頭に置かれたままの教科書と、ニヤっと笑う相葉先輩の顔。
「お前さ、もしかしてもうやーめたって帰ろうとしたろ?」
「……」
「くふふ、図星だな?ダメに決まってんだろそんなの」
ぽん、ともう一度教科書で頭を叩かれ、何も言えずされるがままで。
「いいの?スタメン落ちても」
「っ、それは嫌ですっ」
「じゃあ頑張れよ。つーかお前に落ちてもらっちゃこっちだって困るし」
「え?」
「見してみ?英語だろどうせ」
言いながら肩越しに覗き込まれる手元。
近付いた距離に思わず体が強張ってしまい。
「…ふ、まーた落書きしてんじゃん」
「あっ…」
ノートに手が伸びたのを止める前に閉じたページを捲られて。
「これ前も書いてたじゃん。ほんとバスケ好きだな、お前」
そう言って向けられた笑顔と"好き"って言葉に一気に顔が熱くなる。
バスケも好きだけど…
一番好きなのは…
相葉先輩です…
聞こえないのをいいことに心の中でそっと呟いてみた。
そしたら急に恥ずかしくなって、自分で呟いたにも関わらずまた顔がかぁっと熱くなってくる。
「ったく、しょうがねぇなぁ。
なぁ二宮さ、これから時間ある?」
「え?」
「その課題教えてやるから俺んち来いよ。
その代わり俺にも付き合ってもらうけど」
「へっ?」
ふふんと笑みを浮かべて見下ろされる瞳。
…え?うそ?
俺、今から相葉先輩んちに行くの?
「あれ?もしかして用事あった?」
「っ、ない!ないっす全然っ!行く!行きますっ!」
「くふ、じゃあ行こっか」
ぶんぶんと顔を振って必死に答えると、ニッと笑ってすたすたと自習室のドアへ向かう先輩。
慌てて机のノート類をカバンに押し込み、ドアを開けて待ってくれている先輩の元へ駆けて行った。
***
「ただいまー、ねぇ母ちゃーん」
玄関を開けるや否や、無造作に靴を脱ぎ捨てて奥へと進んでいく背中。
初めて来た先輩の家。
おずおずと一歩を踏み入れると、たちまち広がる先輩の匂い。
家の匂いって自分では気付かないけど、こうして人の家に入ると分かるもんなんだな。
俺の好きな匂い。
…だって先輩の匂いだもん。
「二宮なにしてんの、上がれよ」