煩悩ラプソディ
第36章 愛のしるし/AN
奥から現れた先輩に声を掛けられ目を上げれば、その後ろに全く同じ顔の先輩のお母さんが。
「こんにちは、いらっしゃい」
「あっ、こんにちは…」
「こいつ後輩の二宮。ほら上がんな」
突っ立ったままの俺に手招きをして、二階へ続く階段を登っていく。
「お、おじゃまします…」
先輩の後を追う様に階段へ向かい、お母さんの横を会釈して通り過ぎようとしたら急に声を掛けられた。
「あの二宮くん…雅紀はちゃんとキャプテン出来てる?」
「えっ?」
「あの子せっかちだから自分勝手にやってないか心配なのよ…」
階段を見上げながらぽつり漏らされた言葉。
どこか不安げに翳る表情が、本当に先輩のことを心配しているんだと知らしめていて。
そんなこと…
そんなこと、ないです。
だって誰よりもチームのことを考えてて、自分のことよりチームメイトのことをいつも優先してる。
優しくてバスケもすげー上手くて、ほんとにかっこいい先輩。
自分勝手なんて言葉…
先輩には似合わないくらいです。
「全然…全然そんなことないです!相葉先輩は優しいし頼りになるし、プレーも上手くて…」
じっとこちらを窺うお母さんの瞳が、その先を促しているような気がして。
「それから…あ、勉強も出来てかっこよくて…
ほんとに…だ、大好きです!」
つい口走ってしまった最後の言葉に、お母さんが目を丸くしたのが分かった。
しまったっ…!
「ぁ…俺ら、一年みんなです!
みんな、先輩が大好きで…」
すかさず言い直せば、固まっていたお母さんがぷっと吹き出して。
「そこまで言われると私が照れちゃうわ」
言いながら照れ笑うその目尻に先輩と同じ皺が刻まれていて、さっき漏らしてしまった『大好き』が急激に恥ずかしくなってくる。
「にのみ……あっ、ちょっと母ちゃん!
なんか余計なこと言ってないよな!?」
ふいに、階段の上から半身覗かせた先輩の慌てた声が降ってきて。
「言ってないわよ!じゃあごゆっくり~」
階段の上に向かってそう叫んだ後、にっこり笑いながら俺に振り返り。
「可愛いわね、二宮くん」
「…へっ?」
「おい二宮っ、早く来いって!」
お母さんに囁かれた『可愛い』を飲み込む前に、また先輩の声が降ってきて急いで階段を駆け上がった。