煩悩ラプソディ
第36章 愛のしるし/AN
静かな部屋には、シャーペンが走る音と先輩の発音の良い英訳の声。
いつも学校の自習室でこうして勉強を教えて貰ってはいたけど。
今日は先輩の家、それにこんな近い距離でなんて。
すぐ傍で柔らかい先輩の声が耳を擽る。
少し身動ぐ度にサラサラな髪が揺れて。
教科書に視線を落とす伏せた瞳も、きれいに通った鼻筋も。
頬杖をついた顎のラインも、男らしい喉仏も。
その全部がかっこよくて、バレないようにじっと見つめてみた。
俺だって先輩と同じ男だって分かってる。
男の俺が、同性にこんなにもドキドキするなんて思ってもみなかった。
俺には何一つ備わっていないものばかりで。
だからより一層、惹かれてるのかもしれない。
性格も見た目も雰囲気も、何もかも。
こんなにも大好きすぎて…
どうしたらいいんだろう。
「〜〜〜……、おいお前聞いてる?」
「ふぇっ?」
急にこちらに目線を上げた先輩と目が合って、思わず変な声を出してしまった。
「くふ、なんだよそれ。手止まってんぞ」
頬杖をついたまま笑われて、そんな仕草にもいちいち胸が高鳴って。
正直なところこんな近くに先輩が居て集中できる訳がない。
でもせっかく家に呼んでくれたんだし、何より今は先輩と二人っきりなんだ。
少しでも傍に居れる時間を大事にしたい。
こんなんじゃただドキドキして終わっちゃう。
いつもの俺で居なきゃ、うん。
「も〜だって英語とかさっぱりなんですもん。
そもそもバスケに関係なくないですか?英語って」
「何言ってんだよ、関係あるに決まってんだろ。
つーかバスケに関係あってもなくてもやるの!はい!」
シャーペンでぺちっとおでこを叩かれながら、その優しい声色に静かに胸がトクトクと鳴った。
先輩にとっての俺は、人懐っこいキャラのただの後輩。
だから俺もそのキャラを最大限に発揮して、先輩の一番近くに居てやるんだ。
それが今の俺に出来る精一杯のアピール。
たまにドキドキしすぎてキャラがブレちゃうけど。
きっと鈍感な先輩にはバレてないはずだから。
うん、バレてない。
…バレちゃダメなんだ、この想いは。