煩悩ラプソディ
第36章 愛のしるし/AN
「二宮」
短く名前を呼ばれて教卓へと向かう。
周囲のざわざわとした感嘆の声を聞きつつ、答案用紙を受け取ってそっと開いてみると。
そこに現れた点数に心底安堵の息をついた。
迎えた期末テストの結果発表は、今日の英語を残すのみだった。
他の教科は予想通り平均点を軽く超えていて。
問題のこの英語の結果が出るまでは、正直言って気が気じゃなかったから。
絶対にスタメンから落ちる訳にはいかないって。
だってあれだけ相葉先輩と作戦会議したんだもん。
それでスタメン落ちなんかしたら、もう俺立ち直れないかもって思ってた。
ふと先輩んちでのマンツーマン授業と作戦会議のことが頭を過る。
実はあの後…夢中になって試合のDVDを観てる内にいつの間にか寝ちゃってた俺。
気付いたら先輩の胸に寄り掛かってて、しかも先輩も寝ちゃってたみたいで。
更に俺の膝を抱え込むように抱き締められてて、たちまち心臓がひっくり返ったのを覚えてる。
でも身動きなんて取れなかったからそのまま大人しくしてたっけ。
頭に寄せられた先輩の頰と、背中に伝わる規則正しく上下する呼吸。
砂嵐の画面をぼんやり見つめながら、時間が止まればいいのになんて柄でもないこと思ったりして。
…先輩。
俺やったよ。
スタメンキープできた。
先輩のおかげで俺頑張れたんだ。
だから今度は俺の番。
絶対先輩の役に立ってみせるから。
そう小さく意気込んでカバンに答案用紙を仕舞うと、丁度のタイミングでこだましたチャイム。
授業の終わりを告げるそれに一気に騒がしくなった教室。
同時に取り出したスマホを操作して、逸る気持ちを指に込めて送信した。
すると、数秒も経たずに既読が付いて現れたメッセージ。
《先輩!英語やりました!75点!》
雅紀《マジ!やったなー!さすが俺!》
その先輩らしい文面に思わずふふっと笑みが溢れる。
《いや俺が頑張ったからです。ちょっと先輩の力を借りただけです》
雅紀《なにー?調子乗んなよお前っ!今日おもっきししごいてやるかんな!》
いつもの軽口を叩くと思った通りの返信。
「ふふっ…はぁい」
今日からやっと部活が通常時間になる。
早く思いっ切りバスケがしたい。
それと…早く先輩に会いたい。