煩悩ラプソディ
第36章 愛のしるし/AN
この時期の練習は、体を温める意味もあってランニングからスタートする。
普段は体育館での練習が主だけど、走り込みは校舎の周りを使うことが多い。
二年生を筆頭に列を作って掛け声を合わせながら走る。
その中でもやっぱり一際気合いが入ってるのは相葉先輩で。
先頭で一番声を出して俺たちを引っ張るその姿に、自然と足並みも揃い出す。
そしてその隣で先輩をサポートしてるのは櫻井先輩。
この二人がチームの大黒柱になっているのは言うまでもなく。
そんな先輩の中で、一年で唯一スタメンに選ばれたなんて本当に夢みたいだ。
立ち昇る白い息もすぐに青空に吸い込まれて、逸る気持ちも手伝って体がどんどん温まってくる。
新人戦までもう一ヶ月を切った。
年が明けてすぐに始まるトーナメントは、一度負けてしまったらそこでもう終わり。
一戦一戦が勝負の厳しい戦いになる。
何としてでも勝ち進まないといけない。
一試合でも多く、相葉先輩とコートに立ちたいから。
ふいにザッザッと足並みを合わせていたテンポが遅くなったのに気付いて。
顔を傾けて前方を窺うと、前から歩いてくる見知った面々が。
「ちわーっす!」
立ち止まって一礼をする先輩たちに倣って頭を下げれば、相変わらずくしゃくしゃの笑顔で応えてくれて。
井ノ原先輩と岡田先輩、それに同じ三年の大野さんも一緒だ。
「お〜お前らこの寒いのによくやるなぁ」
「いや試合近いっすから!」
いつものおどけた様子の井ノ原先輩にすかさず突っ込む相葉先輩。
それを近くで微笑みながら見ている大野さんは、やっぱり今日もキラキラしたオーラを放ってる。
首元の紺のマフラーがしっくりきてて、何だかそこだけ違う世界みたい。
相葉先輩が『かっこいい』なら大野さんは『きれい』だよな、やっぱり。
そんなことを思っていると、ふと目に入った櫻井先輩の横顔。
明らかに走ってのそれとは違う、真っ赤な顔。
しかもチラチラ窺うように大野さんのこと見てるし。
前から思ってたけどさ、櫻井先輩って…
「おつかれしたーっ!」
前方から聞こえた声と共に再び動き出した列。
通り過ぎ様にニコッと微笑んでくれた大野さんに、櫻井先輩のさっきの顔が過ぎって仕方なかった。