煩悩ラプソディ
第36章 愛のしるし/AN
さすがに元旦の神社ともなると、どこを見渡しても人の山。
電車で二駅の所にあるここは、地元でも有名な三社参りの内の一つで。
本殿へと続く参道には人波が列をなし、俺たちもその流れに乗るように少しずつ足を進めていた。
チラリ右隣の先輩を見上げる。
キョロキョロと落ち着きがない様子は、相変わらずせっかちな先輩を象徴してて。
だけどこの空間も悪くないな。
だって人波でぎゅうぎゅうに押し込まれてるこの状態。
さっきからずーっと先輩とくっついて歩けてんだもん。
空気はひんやりと冷たいけど、俺の右側はじんわりあったかい。
それに先輩の毛糸の手袋とホッカイロで最強じゃん。
「あとどんくらいかなー」
堪え兼ねたのかポツリ漏らした声に顔を上げれば、背伸びしながら遠くの本殿に視線を向けていて。
「大丈夫っすよ、神様は逃げたりしないから」
「いやそうだけどさー。人ちょー多くね?」
言いながらこちらを向いた先輩との距離があまりに近くて思わず一歩後ろに下がると。
どんっと隣のおじさんに背中がぶつかってしまい、慌てて振り向いて謝ろうとしたら。
「あ、すみません!もう何してんのお前」
頭の上から声が降ってきたあと、ぐいっと引き寄せられた腕。
手袋をしていない左手が、そのままぐっと俺の肩を抱き寄せる。
「ちゃんと歩かねぇと転ぶよ?お前ちっこいんだから」
ちっこいのは余計だけど、しょうがないなって顔で至近距離で言われたらそんなのどうでもよくて。
ドキドキと早まる心臓。
だめだ、キャラがブレちゃう。
「せ、先輩こそそんなぴょんぴょん跳んでると捻挫しますよ」
「くふ、うるせ。誰が捻挫なんかするか」
言いながらデコピンされて、言い返したつもりなのに返り討ちに遭って顔が赤くなり。
「っ、じゃあ恥ずかしいから跳ばないように押さえときますっ」
そうして先輩のポケットに思い切って滑り込ませた右手。
ほんのり余韻の残る温もりに触れ、更にドキドキして墓穴を掘ってしまってる。
すると左肩の手が離れ、すぐに訪れた形のある温もり。
「…俺も恥ずかしいからお前捉まえとくわ」
ぎゅっとポケットの中で握り締められたら、もう心臓が爆発しそう。
そんなの…
もうとっくに捉まえられてるってば。