煩悩ラプソディ
第36章 愛のしるし/AN
「今度の新人戦で優勝できますように」
そう告げられた声ははっきりと届き、同時に俺に向けられた瞳にも力強さが宿っていて。
「俺はさ、言ったら叶う気がしてんだよね。
自分自身に言い聞かせる意味でもさ」
続けるその口調は自信に満ち溢れていて、逸らせないくらい真っ直ぐな瞳が見つめてくる。
そんな先輩の想いに、今しがた考えていた自分の思考を省みて心底恥ずかしくなった。
…そうだよね。
もちろん俺だって今度の新人戦で勝ちたいって思ってる。
先輩たちの役に立ちたいって、俺に何が出来るんだろうって。
それだけを思って必死に練習に取り組んでるじゃん。
俺、こんな浮ついたままじゃだめだよね。
そもそもうちの部は”恋愛禁止”なんだ。
その掟を破ってしまってるんだ、俺は。
こんなこと相葉先輩に知られたら…
いや、好きって気持ちとかそういうのの前に。
この大事な時期にこんな浮ついたこと考えてるヤツだって相葉先輩が知ったら。
俺…
先輩に…嫌われちゃう。
「だからさ、お前も口に出してみろよ。
叶うかもしんねぇじゃん」
な?って笑いかけてくる笑顔に、胸がきゅっと締め付けられる。
…言えないよ。
口に出すどころか、こんなこと想っちゃいけないんだ。
どうしたってこの想いは…
報われることなんてない。
なんで早く気付かなかったんだろう。
こんなにも気持ちが大きくなる前に…
なんで俺気付かなかったの?
「ほんとの願い事は?さっきの違うんだろ?」
…お願いだから、そんなに優しく笑いかけないで。
もうこれ以上、好きにさせないでくださいっ…
「…先輩と、一緒です。
俺も…勝ちたいっす」
込み上げてきそうな涙をギリギリ堪えて、精一杯の笑顔を先輩に向けた。
「ふふっ、だな。勝とうな、一緒に」
ぽんと頭に置かれた大きな手も、柔らかく届く声も。
目尻に皺を湛えて微笑んでくれる眼差しも何もかも。
いつもと変わらないその全部が、今こんなにも苦しくて。
「腹減ったなー。あったかいもんでも食って帰ろっか」
「…はい」
我慢していたのにじわりと滲んできた視界。
寒いフリをしてはぁっと両手に息を吹きかけ、こっそり涙を拭いながら先輩の隣を歩いた。