煩悩ラプソディ
第36章 愛のしるし/AN
三が日が明けて最初の練習日。
新人戦を二週間後に控えた俺たちに十分な時間はない。
だから、年明けの練習が始まる前にそれぞれ自主練をしておくよう指示されていて。
もちろん俺もそのつもりだった。
先輩と初詣に行ったあの日、そのままの流れで一緒に自主練をしないかと誘われたけど。
ちょっと熱っぽいかもと嘘をついて、ご飯を食べたあとはそこで解散になり。
帰る道も同じなのに、先輩から逃げるようにその場を立ち去ってしまって。
だってあれ以上先輩と一緒にいるなんて、あの時の俺にはとても耐えられなかったんだ。
家に着いたらほんとに頭が痛くなってきてその日はずっと寝込んでて。
だから、先輩からのLINEも全部無視してしまった状態。
とにかく放っておいてほしかった。
完全に打ちのめされた心を修復する時間が必要だったから。
でもそれは心だけじゃなく体にも影響したようで。
結果的に三が日の間ずっと熱が続いて、自主練どころかベッドで過ごす他に術はなかった。
「おはようございますっ!」
体育館に入ってくる先輩たちを大きな挨拶で迎える。
昨日やっと普通の生活を送れるようになった俺は、大きな声を出すのも一苦労。
でもそんなこと言ってられない。
もう試合は近いんだから。
…しっかり気持ち入れ替えてやんなきゃ。
ふうっと小さく意気込んだ時、入口から現れた姿に反射的に目を奪われて。
っ…!
相変わらずの笑顔で挨拶を交わしながら入ってくる相葉先輩。
その眼差しがふと俺に向いたと思ったら、急に険しい顔でこちらに歩いてきた。
えっ、なに…
もしかしてLINE無視してたの怒ってる…!?
ずんずんと一直線に向かってくる先輩に、どうすることも出来ずその場から動けないでいると。
「なぁお前ずっと熱あったんだって?大丈夫なの?」
険しかったそれが心配そうに窺う表情になり、てっきり怒られると思っていたのに拍子抜けしてしまって。
「えっ、ちょお前痩せた?そんなキツかったの?」
「っ…」
尚も眉間に皺を寄せながら、ふいに取られた腕。
トレーナー越しにぐっと握られた腕は、先輩の大きな手の平で簡単に覆われてしまって。
触れられたその感触に顔が熱くなって、何も言えずに俯くしかなかった。