煩悩ラプソディ
第36章 愛のしるし/AN
「あれ?お前まだ居たの?」
ボールを拾った位置からシュートを放った時、背後から急に声を掛けられて。
振り向いたと同時にガンッと音がして、バウンド音を響かせながらボールが傍に転がる。
「あ…お疲れさまです」
「あんま根詰めんなよ。体冷えんぞ」
言いながら靴を脱いで近寄ってくる相葉先輩。
今しがた先輩のことを考えていただけに、急に現れたその姿に少なからず動揺してしまって。
「はい…もうちょっとしたら帰ります」
よそよそしくボールを取りに行き赤くなりそうな顔を隠す。
ドリブルをしながらフリースローラインまで戻ると、何も言わずこちらをジッと見つめている先輩に気付き。
コートのポケットに両手を突っ込んで、ぐるぐる巻きのマフラーに口元を埋めて俺を見てる。
「…なんすか」
「ん?あ、いやさ…」
内心ドキドキしながら問い掛ければ、どこか言葉を探すようにポリポリと頭を掻いて。
しばらく考えてから『お前さ…』と口を開いたその言葉に、心臓がどくんと波打った。
「なんか俺に言いたいことない…?」
同時に窺うような眼差しを向けられ、思わずごくっと唾を呑み込む。
「え…なんでですか…?」
「いやなんかさ…俺の勘違いだったら悪いんだけどさ。なんとなくね?お前の態度が変わったなって…」
「っ…」
そう告げた先輩の顔は、練習中もそれ以外でも見たことないくらい気まずそうに曇っていて。
ボールを抱えた指先にギュッと力がこもる。
…やっぱり先輩にはバレてたんだ。
練習中は押し込められてると思ってたのに、些細な態度に出てしまってたのかもしれない。
頭を撫でたり抱き締めたりするのは、先輩にとってはなんて事ないスキンシップかもしれないけど。
俺にとってはいちいち心臓が暴れ回るほどの行為。
それでも先輩とそんな風に触れ合えるのは嬉しくて、いつも通りを装って振る舞ってたつもりでいたのに。
もしかして先輩…俺の変化に気付いてても普通に接してくれてたの?
小さな変化には敏感な先輩のことだ。
俺の、俺ですら意識していない態度にすぐ気付いていたに違いない。
「…ほら、明日試合だろ?なんか俺にモヤモヤしてることあんだったら言っていいよ?」
少し微笑みながら優しい口調でそう切り出される。