煩悩ラプソディ
第36章 愛のしるし/AN
ゴールの真下で転々と弾むボールを、近付いてゆっくりと拾い上げる先輩。
そして固まって動けない俺の元へと優しく微笑みながら歩み寄ってくる。
「ほら、次お前の番な」
ひょいと投げられたボールを慌てて受け取り、自覚するほど泳がせた目で先輩を見つめた。
「絶対決めろよ?」
ぽんと頭に置かれた手から先輩の温かさが伝わってくるような気がして。
そのまま目線だけを上げると、目尻に皺を寄せたいつもの笑顔が降ってくる。
はあっと息を吐いて真正面からゴールを見据えて。
先輩に気持ちを伝える舞台はもう整ったんだ。
内容云々は知らないはずだけど、こうして言いやすい環境を作ろうとしてくれた先輩の優しさ。
そしてそれを俺だけに課さずに同じ条件を自分に課すのも優しさで。
先輩に背中を押してもらって、その先輩に気持ちを伝える。
今度こそ…当たって砕けろ。
スッとシュートフォームを作りバックボードの四角い線に焦点を合わせて。
このシュートを決めたら先輩は俺に何を言うんだろう。
試合でもっとこうしろとかそういうことかな。
それとも今までの俺の態度を更に追求されたりして。
怒られるのやだな…。
いや、先輩に限ってそんなことで怒るはずないか。
思えば俺、先輩に怒られたことって一度もない。
他の一年の奴らにはそこそこ厳しめなのに。
…なんでだろ。
やっぱり俺って特別なの…?
ふとそんな思考が頭を過ぎり、ボールを離した瞬間に指先がブレてしまった。
あ、やばっ…
案の定、弧を描いたボールがリングにガンッと当たった次の瞬間。
傍にあった気配は消えていて。
ガコンッ…!
体育館中に響き渡る音と、ギシギシと揺れるゴールリング。
そこに片手でぶら下がる、相葉先輩の後ろ姿。
突然のことに口を開けたままの俺。
二、三度バウンドするボールの脇、タンッと降り立った先輩が振り返って。
「なに外してんだよ。俺にも言わせろ」
そう言っていつものように笑いかけられて、心臓を撃ち抜かれたみたいな衝撃が走った。
な、にそれ…
かっこよすぎだよ…
乱れたマフラーをまたぐるぐるしながら近付いてくる先輩。
バクバクと高鳴る心臓を抑えようと、胸の真ん中をぎゅっと握り締めた。