煩悩ラプソディ
第37章 刻みだした愛の秒針/AN
エントランスで部屋番号を押すと、少しの間のあと聞こえてきた声。
低いトーンのその返事に若干気遅れしつつ、開いた自動ドアに体を滑り込ませた。
ぐうんと上がる箱の中でさっきの松潤との会話を思い返す。
『…熟年夫婦?』
『そう。すでにその域なのかもって』
『夫婦…』
『ねぇ相葉くんさ、』
壁に寄りかかりながらゆっくりと切り替わっていく階数ランプをぼんやり眺めて。
『俺たちなんにもないって言ってたけどさ、』
『…うん』
『それはニノも同じこと思ってんじゃないの?』
ふわんと特有の重力が掛かって停まり、静かに扉が開いた。
すぐに現れた見慣れたドアの前で立ち止り、ポケットからスマホを取り出す。
にのとのトークルームを開けば、背景に映るのは優太とのスリーショット。
にのと写真を撮ったのが久々だったから嬉しくてソッコー設定したやつ。
笑ってるにのがちょー可愛くてついじっと見ちゃって、たまにメッセージが上の空なんてこともあったり。
そんくらい俺は、にののことが好きなんだ。
…うん。好きなんだ、単純に。
『ニノが受け身なの分かってんでしょ?だったら動いたらいいじゃん』
『え?』
『そうそうないよ、ニノが俺に愚痴るなんて』
インターホンを押すと奥の方で軽いチャイムがこだまして。
段々と近付く足音とともに俺の心臓も高鳴ってくる。
『ちゃんと"恋人"してあげたら?』
カチャリ、と控えめに開いたドアの隙間から。
窺うように覗かせた瞳は一瞬のことで。
「お疲れさま」
いつもと変わらないにのが迎えてくれた。
…いや、違う。
やっぱなんか違う。
「…どしたの?」
思わずジッとその表情を観察してしまってて、訝しげな視線を送られハッとする。
「いや…なんでもない」
「ふふっ、お前のそれはなんかあるのよ大概」
くっと口角を上げて笑いながらリビングへ向かう背中。
心なしかそれがいつもより小さく頼り無げで、なぜか居ても立っても居られなくなって。
酒やつまみが入ったビニール袋を置き捨てて駆け寄り、何も言わずに後ろからぎゅっと抱き締めた。