煩悩ラプソディ
第37章 刻みだした愛の秒針/AN
「うわっ…!」
急に覆い被さられた衝撃にか、本気で驚く声がすぐ傍で響いて。
頬にひっつくにのの耳たぶが熱い。
ぎゅっと更に力を込めたら軋みそうな肩。
いつにも増して無造作な髪から漂うこの匂いは、多分風呂上がりなんだろう。
二十年も一緒に居るにのとこうして触れ合っても、こんなにも胸がきゅんとするなんて。
…そりゃそうか。
「ちょっと…なに?」
きゅうっと丸まるように縮こまって問い掛ける声とか。
黙ってる俺に『なんなの』って身を捩る仕草だって。
ずっと一緒に居たのにこんなにのの姿を知らなかったんだ、俺は。
そうだよ。
やっぱりそうなんだ。
知らなくて当たり前だよ。
だって…俺たちやっと。
やっと恋人になれたんだもんね。
「…相葉さん?」
静かにそう呼ばれたのを遮るように、ぴとっとにのの頬に自分のをくっつけた。
案の定火照った熱が伝わってきて、また胸がきゅんとする。
「あのさ…」
「……ん」
リビングからの灯りが漏れる薄暗い廊下の片隅で。
三十も半ばの男二人がくっつき合ってるおかしな画。
だけど。
「こんなこと言うのもあれだけどさ…」
「…なに」
素っ気ない返事とは裏腹に、簡単に抱き竦められる体から伝わる熱に後押しされ。
「これからは俺たち…ちゃんとしよ?」
「……」
「ちゃんとさ…恋人しようね、にの」
「っ…」
小さく呟けば、更にきゅうっと縮こまった背中を胸元に感じて。
そんな仕草だけで、今なら何もかもを前向きに捉えられるような気がする。
「…ねぇキスしよっか」
「っ、はっ?」
素っ頓狂な声を上げるにのの火照った頬に、有無を言わさずちゅうっと口付けて。
「なっ…やめろって!」
逃げようったってそうはいかない。
もう分かったんだから、お前の気持ちが。
俺と…同じだってこと。
「んっ…」
頬からずらしてそのまま薄い唇を塞ぎ込むと、捩っていた体が嘘みたいに動かなくなった。
抱き込んだまま更に深く重ねた後、ゆっくりと唇を離せば。
上向けた真っ赤な顔を俺の首元に預け、見上げてくる瞳は水分を含んでゆらゆらと揺れていて。
初めて向けられたその熱っぽい視線に、沸々と体の奥が熱くなってくる気配がした。