煩悩ラプソディ
第37章 刻みだした愛の秒針/AN
まさか。
まさかにのがあんなこと言うなんて。
にのには悪いけど俺の中では決まりきっていたことだったから。
だからにのの発言にもピンと来なかったし。
やっぱ翔ちゃんみたいに何事にもちゃんとシミュレーションして臨まなきゃダメだな。
"にのを抱く"ってイメージのみでよくここまで漕ぎつけたよ俺。
ていうか…今更『下がイヤ』って言われてもそっちの準備は全然してないんだけどさ。
どうしよ、寸前で『やっぱ俺上がいい』って言い出したら。
俺にのに抱かれるイメージなんてこれっぽっちもないんだけど!
チラッと隣の横顔を見遣る。
さっきからひたすらビールを煽ってはぼんやりテレビを眺めてるだけ。
程良くアルコールが回ってきてるその顔はほんのり赤く染まってて。
それに、背凭れにしてるソファに寄り掛かった姿勢は随分とリラックスしてるようにも見える。
なんだ。
そんなに緊張してないじゃん。
きっともう受け入れてくれたんだ。
優しいにののことだから。
そう勝手に解釈してそろそろ動き出そうかと僅かに身動いだ時。
途端にビクッと跳ねた隣の肩が視界に入って。
思わず振り向けば、同じように俺を見るにのの顔。
…って、ちょー緊張してんじゃん!
一瞬で赤く染まった耳と尖らせた唇。
それに明らかに狼狽えた潤んだ瞳。
やめろって、そんな顔されたらこっちまで緊張してくんだろっ!
「…あ、」
「……」
「そろそろ…ね?」
「…っ」
窺うように問い掛ければ、無言のまま目を泳がせながらビールをクイっと煽り。
「…ちょっとトイレ」
トンとテーブルに缶を置いたと同時に立ち上がると、そう言い残して俺の顔も見ずにリビングを出て行った。
パタンと閉まったドアを見つめて、今になってようやくこれからの行為に実感が湧いてきて。
俺はともかくにのは緊張して当然だよね…
いや俺もそれなりに緊張してるけど。
普段そんなに緊張しないにのがあんな顔するなんて。
そうだよね…
それ程のことなんだ、俺たちがエッチするってのは。
やっべ…マジで俺まで緊張してきた!
勢い良くビールを煽ると、ざわつきだした心臓をごまかすように思いっきり息を吐いた。