煩悩ラプソディ
第37章 刻みだした愛の秒針/AN
オレンジ色の間接照明だけを灯し、やけに真っさらに感じるシーツをひと撫でする。
にのと一歩先に進みたいと思い始めてからは、コツコツとその行為に関する情報を頭に叩き込んできたつもり。
全てはにのを怖がらせないように。
少しでも痛みを感じないように。
あわよくば気持ち良くなってもらえるように。
だから今更にのに抱かれるなんて選択肢は俺には無いんだ。
具体的なシミュレーションまではしてないけど。
でもきっと大丈夫。
だって俺はにののことが誰よりも大切だから。
"大切な人を傷付けるような真似は絶対しない"って根拠のない自信はある。
うん、自信だけはあるから。
…あんまり俺が緊張してちゃダメだよね。
ベッドサイドのテーブルに置いたゴムとローション。
ムードも何も無いなって突っ込まれるかもしれないけど、そんなのどうでもいい。
にの相手にカッコつけたってしょうがないんだし。
それより少しでもにのを安心させる方がいいに決まってる。
ねぇにの、大丈夫だよ。
安心して俺に全部預けて。
カチャリと控え目に開いたドアに目を向ければ、廊下の灯りを背にしたにのが隙間から顔を覗かせた。
明らかに緊張している様子が見て取れ、よしと心の中で小さく意気込んで。
「なにどうしたの?ちょー長かったじゃん。便秘だったの?」
「ふふっ…今それ言うんじゃないよ」
『困るのお前だろうよ』って言いながら一歩踏み込んできたにの。
…あ、そっか。
今のボケは無しだわ。
そのままベッドまで来るかと思ったら、パタンと後ろ手にドアを閉めてその場に突っ立ったままで。
薄暗いそこに佇む表情までは窺い知れないけれど。
いつにも増して小さくなっている姿に居ても立っても居られずに。
「…おいで、」
歩み寄ってそっと右手を取ると、眉を下げてぎこちなく微笑む瞳に見上げられ。
そんな幼気な表情に胸がきゅんと締め付けられて。
引かれるままに黙ってベッドまで付いてきたその体をぎゅっと抱き寄せた。
アルコールだけじゃないこの火照り。
ぴったり密着した胸元から伝わる鼓動。
はぁっと細く吐いた息に込められた想いとか。
その全部が愛おしくてどうしようもない気持ちになる。