煩悩ラプソディ
第38章 ハートはメトロノーム/SM
「…松本」
ふいに運転席から届いた静かなトーン。
あ、ほらこれ。
これなんだよ。
翔さんって未だに俺のことを『松本』って呼ぶ。
二宮くんを『和也』って呼ぶのは付き合いが長いから分かる。
でもさ、相葉くんのことはもう『雅紀』って呼んでんだよ。
ちょっとそれ納得いかなくない?
だって俺、相葉くんと同期だよ?
って色々考えてたらある一つの答えに辿り着いたんだ。
きっと翔さんは俺のことが可愛くないんだって。
いや変な意味じゃなくて、その懐かないとかそういう意味合いで。
最近の翔さんの態度からそう思うことが増えたんだ。
そりゃ俺なんて、二宮くんみたいに可愛らしくもなければ相葉くんみたいに愛嬌があるわけじゃない。
分かってるよ、そんなのは。
でもさ、こんなあからさまに差をつけられたらこっちだって気分は良くないよ。
翔さんにはほんとに感謝してる。
こんな平凡なただの高校生に華やかな世界を経験させてくれて。
…でもそろそろもういいかな。
今年は受験だってあるし。
こんな中途半端な気持ちで仕事をこなしていっても自分の為にはならなさそうだしさ。
…いつ言おうかな。
「…もと……松本、聞いてるのか?」
「え、あっはい!」
慌てて返せばルームミラー越しの眼差しが怪訝に歪み、はぁと小さく溜め息が聞こえる。
…なんだよ。
そんな怒んなくてもいいじゃん。
「…なんだその顔」
「えっ」
「聞いてなかったのはお前だろ」
「……」
すぐ顔に出てしまったのがバレたみたいで、眼鏡の奥の瞳が鋭くなった。
「人の話はちゃんと聞きなさい。基本だぞこんなのは。
お前はそれが出来てない」
「……はい、すいま」
「それに事務所に来る時の格好ももっと気をつけろ。
自覚が足りなさ過ぎる」
「……すいません」
続け様に淡々と説教されて益々気持ちが萎えていく。
やっぱり俺には向いてない。
確かに華やかで夢のある世界だけど、こんなガチガチに縛られたルールの中で生活なんて出来ねぇよ。
あーあ…
こんなことになるんだったら安請け合いするんじゃなかったなぁ…
「で……おい松本!」
「っ!はいっ!」
またぼんやり考えていたら、一際デカイ翔さんの声が車内に響き渡った。