煩悩ラプソディ
第38章 ハートはメトロノーム/SM
事務所の一角にある小さな会議室。
幸い翔さんは別の人の現場に同行していて居なかった。
二宮くんは珍しく今日は学校に行けていて、俺たちがファーストフード店を出るのに合わせて事務所に来てくれて。
三人とも制服のまま、普段は自分たちだけではあまり使わないこの部屋で膝を付き合わせることに。
何も知らずに呼び出された二宮くんは、さっきから俺と相葉くんを交互に窺っている。
これ完全に巻き込んじゃってるよな。
あー…めっちゃ気まずそうな顔してるじゃん。
そんな沈黙を突き破ったのは、相葉くんの力強い声だった。
「俺は辞めないほうが良いと思う」
キッパリとそう言い切った言葉が真っ直ぐに届く。
隣の二宮くんが『えっ?』と言って俺を見た。
「だって…せっかく翔さんが俺たちをここまで育ててくれたんだよ?今辞めるとかもったいないじゃん」
「え、ちょっと待って、潤くん…?」
眉を下げ不安げな眼差しを向けてくる二宮くんと目を合わせられず、咄嗟にテーブルへ視線を落とす。
「受験のこととか色々あるけどさ…翔さんだってちゃんとその辺のことは考えてくれるんじゃない?ねぇ?」
「あっ、え…う、うん」
急に振られた二宮くんの焦った声。
チラッと目を上げれば更に戸惑った顔で俺を見てきて。
「潤くん、ほんとに辞めちゃうの…?」
「……そう思ってる」
「でも俺はそうさせたくないって思ってる」
被せられたその声はブレずに力強くて、何がそんなに相葉くんを突き動かすんだろうって不思議になる。
加えてこんな温度差があるまま一緒にやったって、という気持ちが段々と湧いてきて。
「…なんかさ、もうやる気なくなっちゃって」
衝いて出た言葉は思いの外その場を静まらせた。
「ちょっとしたバイトのつもりだったのにこんなことになっちゃったし…それに俺この仕事向いてないと思うんだよね」
二人の視線を痛い程つむじに感じながら、テーブルの一点を見つめて続ける。
「俺は…二宮くんとか相葉くんみたいに特別持ってるものもないし」
ぽつり呟いた言葉は重く揺らめいてそこに留まった。
自分が何を言いたいのか分からない。
つーかこんなのただ僻んでるみたいじゃん。
まるで…
まるで、翔さんに認められてないのは俺だけだって。