煩悩ラプソディ
第38章 ハートはメトロノーム/SM
それから悶々とした気持ちを抱えながらも、次々に舞い込んでくる仕事をこなしていった。
翔さんは二宮くんや俺たちだけじゃなく色んなタレントを担当してるから、毎回現場に来てくれるワケではなくて。
それもあってか、なかなか翔さんに打ち明けるタイミングが見当たらない。
というのは都合が良すぎるのかもしれなくて。
この晴れない気分をどうにかしたいという気持ちと、ずっとこのまま先延ばしにしていたいという気持ちとが入り混じり。
そして、自分の中に押し込めている本音がじわじわと姿を現しだしたのにも気付き始めてるから。
移動の車中、何気なくスマホに視線を落としつついつもとは違う乗り心地が気になりだした。
やっぱり運転する人が違うとこうも変わるんだな。
翔さんだったらもっとブレーキが静かなのに。
「潤、この後一度事務所に向かうから」
「…あ、はい分かりました」
ルームミラー越しにそう告げられ、呼ばれた"潤"の響きにまた胸にモヤモヤが広がる。
マネージャーの中で俺のことを"潤"って呼ばないのは翔さんだけ。
この人なんてつい三か月前に入ったばかりなのに。
翔さん…
俺が辞めたいって言ったら何て言うんだろう。
『そうか、分かった』ってすんなり首を縦に振るんだろうな。
そうだよ…
そうに決まってる。
それが分かってるから。
…だから言いたくないんだろうな、俺。
***
事務所の階段を上がる途中、入れ違いに降りてきた人物に声を掛けられた。
「よう」
「あ…お疲れさまです」
この間入ってきたばかりの大野って人が、ポケットに手を突っ込んで怠そうに降りてくる。
相変わらず今日も無愛想でガラの悪い態度だ。
とりあえず挨拶だけして通り過ぎようとした時、ふいに大野が話し掛けてきて。
「あんた名前何だっけ?」
「…松本ですけど」
「下は?」
「…潤」
「ふぅん」
聞いといて興味の無さそうな返事をされイラッとする。
「ふふっ…そんな顔すんなよ」
また顔に出てしまっていたのか大野が俺を見て笑った。
初めて間近で見たけど童顔のくせに割と整った顔をしている。
しかも笑ったらガラの悪さが和らいで一気に親しみやすさも感じて。