煩悩ラプソディ
第38章 ハートはメトロノーム/SM
ふいに呼ばれたその声に俺も二宮くんもぴくっと肩を揺らした。
「始まる前に確認しておきたいことがあるんだが…ちょっと来てくれるか?」
眼鏡を中指でくっと上げながら有無を言わせない眼差しを向けられ。
翔さんから呼び出しって…
え…俺なんかした…?
「っ…はい、」
一気に胸に広がるざわつき。
理由も分からないまま、このタイミングで面と向かって話さないといけないという緊張感がたちまち襲い掛かる。
「和也は大野とそこに居なさい。もうじき雅紀も着くから」
傍らの二宮くんにそう告げると、背中を向けて歩き出した。
後を追って一歩を踏み出した時、二宮くんが急に腕をぐっと掴んできて。
「潤くんごめんっ…」
「…え?」
「松本、早くしなさい」
「あっ、はい…!」
泣きそうな顔の二宮くんに謝られたけど何のことか全く分からずに。
ひらひらと手を振る大野くんと、堪えるように唇を噛み締める二宮くんに見送られて翔さんの後を追い掛けた。
***
遠くで人々の賑やかしい声がこだまする。
交流会会場と同じフロアなのに、この小さな会議室は驚く程静まり返っていて。
その静けさが一層緊張感を増幅させた。
斜め向かいに座る翔さんとは相変わらず目を合わせられない。
もしかしたらこんな俺の態度に呆れてるんだろうか。
俺から辞めますって言う前にクビにされたりして…
「確認なんだが…」
伏せていた目を少し上げると、テーブルの上に組んだ両手が映って。
「…仕事を辞めたいと思ってるのは本当か?」
「っ…!」
予想に反したその台詞に視線を更に上げれば、微動だにせずこちらを見つめる真剣な表情。
なんで…
あ、もしかして…
翔さんの言葉で、さっきの二宮くんの謝罪の意味がようやく分かった。
きっと二宮くんは抱えきれなかったんだろう。
早く決着をつけてしまえば良かったのに、結果的には相葉くんや二宮くんまで巻き込んでしまって。
本当はこんな形じゃなくて、自分から翔さんに伝えるべきだったんだ。
未練がましく悩んでたって俺への翔さんの態度が変わる訳じゃない。
さっきは大野くんの存在で一瞬浮かれてしまったけど。
もうそんな情報も俺には必要ないから。
ここで…ちゃんとケリをつけよう。