煩悩ラプソディ
第38章 ハートはメトロノーム/SM
な、に…
包まれた体は更にぎゅっと密着し、そのことで感じる翔さんの体温や感触に体が燃えるように熱くなる。
昂っていた気持ちもコントロール出来なかった涙もスッと引いていくようで。
代わりに、今自分の身に起こっていることにパニックに陥りそう。
なんで…
これ、どういうこと…?
「潤、」
密着した傍で響く翔さんの声。
さっきは突然で振り返る余裕なんてなかったけど、改めて呼ばれた名前に顔に熱が集まった。
「…すまなかった。私が悪かった」
「っ…」
「お前の…潤のこと、分かってやれてなかった」
続いて出た謝罪の言葉も信じられなくて、精一杯理解しようとしてもこんな状態じゃ頭が働かない。
密着したことで心臓があり得ない速さで脈打ち、このままだと翔さんにバレてしまうんじゃないかと思っていたら。
ふいに腕の力が弱まり、そっと離された体。
「…すまない」
眉を下げて心底申し訳なさそうに呟く眼鏡越しの瞳に捉えられ。
目が合ったのも束の間、スーツの内ポケットから取り出したハンカチで目元を優しく拭われる。
っ…
間近にある翔さんの顔を直視できず、鼻を啜りながらそっと目を逸らした。
未だ整理できない頭の中。
年上の人に対して暴言とも取れる発言をしたのに。
怒られるどころか、引き留められて謝られるなんて。
こんがらがった思考の中、クリアに残っているのは翔さんが呼んでくれた"潤"の響きと。
抱き締められた感触、体温だけ。
それだけで、たったそれだけのことで。
自分の気持ちが報われたような気がするのは、それほどまでに俺は翔さんのことを…
「…潤、」
また呼ばれた響きに体がぴくりと反応する。
視線を遣れば、さっきと同じ色で窺う瞳とぶつかって。
自覚するほど揺らめいた眼差しを向けていると、急に翔さんが俯いてはぁっと長い息を吐いた。
「…ダメなマネージャーだな、私は」
「……え、」
「見極めが甘かった」
「……見極め?」
「あぁ…すまない。これは完全に私が悪い」
そう言って眼鏡をくいっと上げつつ下唇を噛む翔さん。