煩悩ラプソディ
第38章 ハートはメトロノーム/SM
そのまま静かに話しだした言葉に耳を傾けた。
「これは職業柄だとは思うが…私は一度会えば大体その人の人物像が分かるんだ。勿論お前の時もそうだった」
「……」
「お前は…潤は、高校生にしてはやけに大人びていて、私相手にも動じずに物を言える賢い子だった」
ふと翔さんと初めて会った日のことが脳裏に蘇る。
あの時はどう見ても胡散臭いオーラが漂ってたから、こっちも警戒して様子を窺っていたっけ。
「それから和也と雅紀のことでやり取りをする内にはっきりと分かってきた。この子は私と同じ目線や立ち位置で物事を考えることができると」
「っ…」
「他人に、ましてや十も離れた歳の子にそんな感覚を抱いたのは勿論初めてだったよ。正直驚きを隠せなかった」
『だから…』と呟いて口籠り、こほんと咳払いをひとつして。
「…私の傍に置いておきたいと思ったのかもしれない。それがどんな形であっても。手離したくなかったんだ、お前を」
見つめる先の翔さんはどこか照れ臭そうに口を結び、ずれてもいない眼鏡をくいっと上げている。
そんな初めて見る表情に目を奪われつつ、今発せられた言葉の輪郭を脳内で必死になぞって。
傍に…
置いておきたいって…
手離したくない、って…?
「だからこそ接し方には慎重になってしまった。お前の性格上、子ども扱いはしない方がいいと勝手に思い込んでいたから」
言い終えて真っ直ぐに俺を見つめる大きな瞳。
そして、ふっと口元が緩まったあと。
「でも、さっきの潤を見たら…やっぱりまだまだ子どもなんだって思い知らされたよ」
「っ…」
「…私の独り善がりのせいで辛い思いをさせて本当にすまなかったな」
目の前に居るのは紛れもなく翔さんの筈なのに、何だか今までとはまるで違う別人のようで。
いつもの厳しい口調や眼差しなんて微塵もなく、穏やかにこちらを見つめている。
次々と告げられた言葉をゆっくりと噛み締めるより先に。
ただ一つ、分かったこと。
翔さんは…俺のことを嫌いじゃなかった。
いやむしろ、俺には勿体ないくらいの言葉まで貰えて。
傍に置いておきたいとか、手離したくないとか。
その意味は俺のそれとは違うのかもしれないけど。
それでもいい。
どんな理由でも…翔さんの傍に居られるんだったら。