煩悩ラプソディ
第38章 ハートはメトロノーム/SM
耳聡く聞いたらしいその声色はどこか不機嫌そうで。
「いやっ…おかしくないです!スポーツいいですよね、俺もたまに観ます」
繕うように言葉を繋げながら頭をフル回転させる。
けれど、ここは早く次の話題にと思っていた耳に思いがけない言葉が届いた。
「そうか。潤は何を観てる?好きなスポーツはあるのか?」
「えっ」
「私は専らサッカーだが野球やラグビーもよく観るよ。あと格闘技も」
チラチラとルームミラー越しに目線を合わせつつ、急に饒舌になった弾む声。
そのあまりのギャップに驚きと動揺を隠せない。
こんなに自分のことを喋る翔さん初めて見た…!
「潤は?」
「あっ、えっと俺は…海外サッカーとか、」
「おぉ、奇遇だな!私も海外のサッカーが一番好きだ」
「っ…」
更に熱量が上がった声色と『好きだ』という台詞。
翔さんから発せられたそのノイズが脳内を駆け巡る。
こんな感じで"好き"って言うんだ…
俺に対してではないのは百も承知だけど、都合の良いように勝手に変換してみたりして。
やべ、俺危ないヤツなのかも。
「そうか…やっぱりお前とは相性が良いんだな」
「っ…!」
ルームミラー越しの瞳がフッと和らぎ、どこか満足そうにハンドルを切る翔さんに。
あんたは全くの無意識なんだろうけど。
そんなこと言われたらちょっと脈アリなんじゃねぇのって思っちゃうじゃん。
あんまり期待させんなよ…嬉しいけど。
と心の中で毒突きながらも、トクトクと高鳴る心臓は抑えられなくて。
「潤、そろそろ雅紀を起こしてくれ。もうじき着くぞ」
「っ、はいっ…」
もう何度も呼ばれている筈の"潤"の響きすらも、耳に煩く纏わりつく鼓動を助長させる。
自分がこんなにも単純な生き物だとは正直思ってなかった。
どちらかと言えば、思慮深くて自己管理能力も高い方だと思っていたのに。
って自分で言うのも難だけど。
でも、そんな自信も櫻井翔という人間を前にしたらいとも簡単に崩れてしまう。
勝手に拗ねて泣いたり、いちいちドキドキしたり。
俺がもっと大人だったら。
そしたらもっとマシな表現があった筈なんだ。
こんなにも自分の気持ちを伝えることが難しいなんて。
相葉くん…よくやったよなぁ。