煩悩ラプソディ
第39章 My name is Love/AN
「……は?」
出来るだけ抑えようと思った。
だって初対面だし。
でもこんな意味不明なことをハッキリと言われてしまったら顔だって歪むわ。
「ぁ、いや……はい?」
「…あ、ごめんなさい!ビックリしたよね、こんな急に現れてさ」
あからさまな俺の表情を読み取ったのか、その人は慌てたように俺に近付いてきて。
っ!?
突然動き出されて思わず後退るけど、みるみる内に距離が縮まってしまい。
「ちょっ、あのっ…」
「いやちゃんと挨拶したくてさ!だから、」
「うわうわっ!」
ガシッと腕を掴まれグッと引き寄せられながら、逃げられない恐怖に身を屈めたら。
すぐにぎゅうっとその腕に包まれ、もう完全に終わったと思った。
見知らぬ変人に抱き締められて身動きが取れない。
恐怖で力が入らなくて、スーパーの袋すら持っていられずガサッと音を立てて足元に落ちる。
いや怖い怖い怖い!
誰か助けてっ…!
「…大丈夫だよ」
固まってしまっていた頭と体にふいに響いた声。
この状況に似つかわしくない穏やかなそのトーンが、なぜだかひどく心地良く感じて。
「僕がそばに居るから」
更にぎゅっと力が込められた腕に抱き竦められると、不思議と安心感さえ芽生えてくるような。
…って、え?
今なんて…
告げられた言葉を飲み込もうとしてすんでで踏み留まった。
肩口に押さえつけられていた顔をバッと上げた時、間近に捉えたその瞳と焦点が合って。
やけに整った鼻筋の下の唇が微かに開き。
「君に愛を教えてあげる」
続け様の台詞を理解する間もなく、きれいに澄んだ黒目を細めてゆっくりと近付いてきた顔。
な…
一瞬だけ唇に触れたのは間違いなくこの人のそれ。
な、に…
「これからよろしくね」
言い終えてニッコリと微笑んだ顔がまるで悪びれてなくて。
と言うかむしろ、ただの挨拶のような一連のその軽い動作。
な、なに…
…今のなにっ!?
ーこれが、サボテンの妖精と名乗る男との奇妙な出会いだった。