煩悩ラプソディ
第39章 My name is Love/AN
背中と腰に感じる痛みで目が覚めた。
ぼんやりと映るのは見慣れた天井。
でもいつもと景色が違うのは、ここがベッドではなくフローリングだからだと気付いて。
窓からダイレクトに差し込んでくる陽光と散らばったゲーム機。
見渡す形跡から、昨日の夕方を最後に途絶えていた記憶が段々と蘇ってきた。
"サボテンの妖精"と名乗る変人が俺の抵抗も押し退けて家の中に入ってきて。
初対面にも関わらず当たり前のように何時間も居座った。
こんなの不法侵入だって、警察呼ぶぞって怒鳴ったら。
『だって君が僕を必要としたんだよ?』
って、あまりにも真っ直ぐにそう言ってきて。
しかも少しも悪びれた様子はなく、ただニコニコしてそこに居るもんだから。
もしかして悪い夢でも見てるんじゃないかって。
打ちのめされすぎて精神的にちょっとキテんのかもなって。
だからこれは夢なんだって、そう信じて考えることを止めた。
そして目が覚めて。
部屋を見渡してもアイツの姿はない。
やっぱり夢だったんだ。
やけにリアルな夢だった。
夢と言えど、初対面のヤツとあんなに親しくなれたのは初めてだったかもしれない。
そういえば一緒にゲームもしたっけ。
くっそ弱かったけど。
あ…
ふいに玄関前で抱き締められたことも思い出した。
その感触が妙にリアルで今でも簡単に蘇ってくるほど。
あれはキツかったなー…。
つーかもしこれが夢じゃなかったとしたら確実にお縄モンだよアイツ。
…え、夢だよね?
一気にざわつく心臓。
起き上がってリュックから財布を取り出し中身を確認する。
…ある、ちゃんとある。
改めて見回しても部屋を荒らされた様子もない。
…そうだよ、夢だって。
あんなの悪夢でしかない。
なにがサボテンの妖精だっての。
そんな要素まるでゼロだったじゃん。
まだ可愛い女の子とかだったら悪夢になんてならなかったのに。
…とりあえず空気でも入れ替えるか。
カラカラとベランダの窓を開けるとそこに、きれいに赤い花を咲かせたサボテンが居て。
あれ、俺ここに置いてたっけ…
フローリングに転がっていたペットボトルの水をさらさらとかけると。
太陽に照らされた花びらにきらりと雫が光った。