煩悩ラプソディ
第39章 My name is Love/AN
一番奥のドアの前。
いつものように鍵を取り出してガチャリと鍵穴を回す。
最近ではこの作業が億劫になっている自分が居て。
だって部屋にはマサキが居るはずだから。
鍵も開けずにどうやって入るんだって問い詰めたこともあったけど。
それをバラすのは妖精界ではタブーらしい。
考えただけで恐怖だよな。
ぬるっと擦り抜けたりするんだろうか。
それかテレポーテーションみたいな?
そんなことをぼんやり考えながらドアレバーを下げれば、途端に広がった予想だにしない闇。
いつもそこに居るはずのマサキが居なかった。
思えば、マサキに連絡せずこんな遅い時間に帰ったのは初めてで。
つーか連絡する手段なんて最初からないけど。
する必要もないと思っていた。
大学かバイトしか生活パターンがない俺のこともアイツは把握しきっていたから。
…もう寝てる?
部屋の奥に焦点を合わせる準備をしつつ、玄関ポーチの灯りを手探りで点けると。
…っ!
すぐ傍の廊下に横たわっていたのは紛れもなくマサキだった。
「ちょっ…!」
思いもよらない光景に慌てて靴を脱ぎ、ぐったりした体を揺さぶる。
「おい!マサキっ…!」
起こした肩を支えながら問い掛ければ、眉間に皺を寄せてきつく閉じられた瞼がゆっくりと持ち上がって。
「み、ず…」
弱々しくそう発した声は今にも消えそうで。
その瞳の色からして非常事態であることは明らか。
すぐ傍の冷蔵庫からペットボトルを掴んで再びマサキを抱き起こそうとしたら。
ふるふると震えながら上がった人差し指がベランダの方を指し示していて。
「あっち…」
そしてパタリと力尽きた様はまるで漫画にありがちなそれで。
「っ、ちょっ…待ってろよ!」
真っ直ぐにベランダへと向かい、ぽつんとそこにあるサボテンの鉢にジョボジョボと水を振りかけた。
萎びた赤い花が、勢い良く流れ落ちてくる水を受けて踊っているよう。
マサキとサボテンを交互に振り返りつつ、全く正反対なその様子に戸惑いを隠せない。
なんなのアイツ…
あんな死にそうになんの…!?