煩悩ラプソディ
第39章 My name is Love/AN
最後の一滴までペットボトルを振り切り、未だ微動だにしないマサキへと恐る恐る歩み寄る。
「ちょっと…大丈夫?」
オレンジの灯りの下、もぞっと動いた肩がゆっくりと動き。
顔は伏せたまま、震えながら伸ばしてきた手を反射的に握った。
「…マサ、」
「おかえり…」
ぼそっと呟かれた声と共に急にグッと引き寄せられて。
「っ…」
「待ってたよ…」
ぎゅうっと抱き締めてくる腕に力が宿り、ようやく生き還ったんだなんて呑気に思う間もなく。
っ…!
そのまま覆い被さられ、硬いフローリングの上でマサキの下敷きになった。
「にの…遅いよ」
「うっ、ちょっ…重いって!」
「僕死んじゃうかと思った」
「っ、ごめんって!ちょっといいからどけよ!」
マサキのスキンシップは日常茶飯事ではある。
妖精界では当たり前らしいそれに、いつまで経っても慣れることは出来なくて。
いや慣れられる訳がない。
だってキスとかハグとか男同士で普通に出来る訳がないんだから。
全体重をかけるように圧し掛かってぎゅうぎゅうに抱き締められたまま。
マサキの溜息にも似た吐息が首元にかかり。
こんな体勢でもコイツから与えられる温もりは常に一定している。
最初に事故で抱き締められた時から感じていたもの。
それが何故だか今日は毛色が違うような気がする。
「…にのの匂いじゃないね」
「へっ?」
「どこ行ってたの?」
「どこって…」
ゆらりと持ち上げた顔はすっかり血色を取り戻してはいるけど。
いつもの穏やかなそれとは違い、射抜くような鋭さを持った眼差しで見下ろされて。
あの子の香水か何かが付いたんだろうか。
別にくっついてた訳じゃないのになんで?
いや、つーか別にコイツにそんなこと言われる筋合いはない。
「僕を置いてこんな時間までどこ行ってたの?」
「別に…俺が誰とどこに居ようがお前に関係ねぇだろ」
「あるよ」
「えっ」
即答されて拍子抜けしてしまった。
見下ろされる眼差しは変わらず強いままで。
「僕はにのが居ないと生きていけないんだから」
「っ…」
「勝手に居なくなったりしないで」
言い掛かりにも似たそのセリフ。
次いで静かに降りてきた唇を拒むことは出来なかった。