煩悩ラプソディ
第39章 My name is Love/AN
「っ、なに…」
「にのってさ、いつもそうだよね」
「…は?」
「相手に届いてないって思ったら無かったことにするよね」
「っ…!」
余りにも真っ直ぐに核心を突かれ途端に体が熱くなる。
掴まれている腕も頭もじんわりと熱を帯び、逃がすまいと言うような強い眼差しに囚われて。
続けられるマサキの言葉全てが、的を狙ったダーツの矢のように突き刺さった。
「自分の考えてること全部相手に伝わってると思う?」
何だよ…
「自分以外の人がどう感じるかとか考えたことある?」
そんなの…
分かってんだよ…
「自分の気持ちは言葉にしなきゃ伝わんな、」
「うるせぇんだよっ!何だよお前偉そうに!
俺のことなんかもうほっとけよ!」
そう叫んで思いっ切り腕を振り払えば、驚いて見開かれた丸い瞳とぶつかって。
「…にの」
「うるせぇ!お前なんかどっか行っちまえ!
もう家に帰ってくんな!」
ドンっと肩を押しよろけた姿に見向きもせず、アパートへと駆け出した。
どくどくと鼓動がうるさい。
縺れそうな足を何とか動かして走る。
数百メートルの距離がこんなに辛いなんて。
手摺りにしがみ付きながら階段を駆け上がり、一番奥のドアを目指した。
滑り込むように部屋に入って荒々しく鍵を閉める。
こんなことをしても無駄なのに。
分かってるのに、そうせずには居られなかった。
薄暗い玄関ポーチには、酸素を求める息遣いだけがこだまして。
震える両手。
こんなに他人に声を荒げたのは初めてだった。
自分の中で何かが切れたような感覚。
告げられた言葉の全てに全力で反抗したくなるような。
何を叫んだのかも思い出せない。
今さっきのは本当に俺だったんだろうか。
その場に呆然と立ち尽くしていた背中に、ドアの向こうから小さな雨音が聞こえてきた。
ゆっくりと部屋を辿りカーテンを開けて。
雨粒の流れるガラス窓の向こう、いつものようにそこにあるサボテンは。
絶え間なく降り注ぐ雨で、鉢の土にも水溜りを作っていた。
そっと窓を開け軒先に鉢を引き寄せ、再びカーテンを閉める。
もう今日は何も考えたくない。
アイツのことも…俺自身のことも。
導かれるままにベッドへ横たわり、塞ぎ込むようにきつく目を閉じた。