煩悩ラプソディ
第39章 My name is Love/AN
いつもの窮屈さを感じない朝。
いつの間にか日常の一部になっていたおかしな非日常の。
背中に当たるその温もりがないことで、そこにマサキが居ないことを知らしめた。
蘇る昨日の記憶。
断片的でまさに走馬灯のように巡るそれは、一晩経って冷静さを取り戻した頭には痛いほどの現実だった。
何もかもに目を背けてきても必ず明日はやってくる。
そしていつだって取り返しのつかない現実にまた目を逸らし続けるんだ。
こんな自分に嫌と言うほど懲りたはずなのに。
結局同じことの繰り返しで、一体いつになったら俺は変わることができるんだろうって。
一番近くに居た存在すら簡単に失くしてしまう俺は。
もしかしたら、そんな大それたことを考える権利すらないのかもしれない。
降り続いていたらしい雨はすっかり止んでいた。
ベランダのサボテンは、軒先に避難していたおかげか丁度良い潤いに満ちていて。
「…おはよ」
雫の乗る花びらに触れようとして、チクっと指の先にトゲが刺さる。
一瞬顔を歪めたけど、こんな痛みよりマサキの胸に刺さったトゲの方が深いに違いない。
今頃どこでどうしてるだろう。
昨日最後に見たマサキは戸惑った色の瞳だった。
あんなに色んな表情をするヤツなのに。
何でよりによって。
あんなに悲しい顔をさせてしまったんだろう。
「…いってきます」
モノを言わないソイツへ一言添え、静かに窓を閉めて家を出た。
***
それから数日経ってもマサキは姿を現さなかった。
それが当然のことなのは分かっていたけど。
どうしてももう一度会いたいと思っていた。
アイツの存在をあんなに警戒していたのに。
あんなに理解出来なかったのに。
全部夢であって欲しいといつも思っていたのに。
今はサボテンに水をあげることでしか、マサキと通じることのできる手段はないけれど。
どうしても会いたい。
会ってマサキに謝りたい。
それから…