煩悩ラプソディ
第39章 My name is Love/AN
「二宮、ちょっと」
ちょいちょいと指で示す大野さんに呼ばれ、背の高い棚の裏に二人して身を隠した。
「なぁお前さ、こないだの合コンの子どうなった?」
「え?あー…いや」
「上手くいかなかったのか?」
「…まぁ」
"なんだよお前"とあからさまに顔を顰めた隣を見遣り、あの日以来途切れさせたスマホの画面を思い返す。
結局あのまま返信する気にはなれなくて。
今やどんな子だったのかも思い出せないほど。
でもそれで良かったんだと思ってる。
はっきり言ってもう自信がないんだ。
俺はまたいつかあんな風に誰かを傷付けてしまうに決まってる。
だからもう一から関係を作るのはやめようって。
…もうマサキみたいな別れ方は二度としたくないから。
「あのな、またこないだのメンツで合コンやんだけどお前も来てくんねぇ?」
「は?いや俺行かないっす」
「何でだよぉ、もっかいチャンスじゃねぇか。
今度はモノにできんだろ」
ぐっと近寄ってきてニヤッと笑うその顔。
そういうことを言ってんじゃないんだよ俺は。
あんたみたいに前向きじゃないの全然。
「な?今日この後だから」
「は?今日!?いやそんなん無理っす」
「なんだよお前、別に何もねぇだろ」
「いや…今日はあります」
今朝はバタバタしててまだマサキに水をやっていない。
だからこの後合コンなんて絶対無理だから。
大野さんの目を真剣に見つめてそう答えれば、怪しげに顰めた眉のまま小さく口元が動いて。
「…なんだよ、じゃあまた今度な。絶対だぞ」
そう言い残し、口を尖らせてビッと指を差しながら持ち場に戻っていった。
いつもふいに思い出すマサキの顔。
屈託ない笑顔も俺を呼ぶ声も、あの子と違って忘れたことなんて一度もない。
今日は水をやっていない分、特に心配だった。
逸る気持ちを抑えつつ少し小走りでバイト先を出た時、前から歩いてくる男女のカップルに目が留まった。
それは紛れもなく。
二度と会いたくなかった二人。
っ…
急激に早まりだす心臓。
あの日の喫茶店がフラッシュバックする。
胸の奥に葬ったはずの感情が沸々と湧き上がってきて。
それがどくんと波打ったと同時に、ジャリ…とコンクリートを踏み締めた。