煩悩ラプソディ
第39章 My name is Love/AN
ドアを開けた瞬間広がる闇。
それが今日も部屋に誰も居ないことを知らしめた。
玄関の灯りも点けずキッチンへと向かい。
冷蔵庫に並ぶ数本のペットボトルの一つを取り出して。
カーテンから漏れる灯りを頼りに、足を止めてカラカラと窓を開けた。
「…腹減ったろ、マサキ」
閉めきって籠っていた空気と中和して、部屋には心地良い風が入ってくる。
しゃがみ込んでぼんやりと見つめる先に、赤い花がゆらゆらと揺れて。
お前なんかより俺の方が幸せにできるって言われた方がまだ良かったよ。
お前なんか最低だって、もう親友でも何でもないって。
そう罵られた方がどれだけ良かったか。
…なにが"ごめん"だよ。
なにが"こうするしかなかった"だよ。
"お前に分かってほしかった"だって?
今更言われなくても分かってんだよ。
こんな状態にしておきながらまだ俺を救おうなんて思ってんの?
もう俺のことなんか構うなって。
そんなことより二人のこれからのことに目向けろよ。
要らないんだって、そういう義理人情みたいなやつ。
そんなの…
そんなの、俺が惨めになるだけなんだから。
サッシに寄り掛かり絶え間なく水を受ける赤い花を見つめる。
…マサキ。
どこ行っちゃったんだよ。
もうそろそろ帰って来いよ。
マサキ…
会いたいよ、マサキ…
…いつでも傍に居るって言ったじゃんか。
「そんなにあげなくて大丈夫だよ」
頭上から静かに落ちてきた声に肩を揺らした。
「お腹いっぱいになっちゃう」
ふふっと笑いながら隣にしゃがみ込んできた顔は翳ってよく見えなくて。
「…泣かないで、にの」
"おいで"って小さく広げられた両手。
ペットボトルの水が全部無くなったと同時に。
差し伸べられたその手に初めて飛び込んだ。
「マサキっ…!」
「大丈夫…大丈夫だよ、にの」
まるで怖い夢を見た子どもみたいにその胸に縋って。
応えるようにぎゅうっと抱き締め返してくれる腕の温かさに、体の奥から熱くなる。