煩悩ラプソディ
第39章 My name is Love/AN
あの雨の日、喫茶店を飛び出した俺は。
不運にも交通事故に遭い、一ヶ月もの間病院で眠っていたそうだ。
あの時、やさぐれたまま消えてなくなりたいと願ったばかりに。
いや…もしかしたらこうなって良かったのかもしれない。
俺の人生をあのまま終わらせなくて本当に良かった。
生死の境を彷徨っていた最中、夢か現実か分からない時間を生きていた俺は。
今までの人生の中で一番、自分自身と向き合っていたから。
辛くて悲しくて遣り切れなくて。
けれどそれは、今までの行いが自分へ返ってきていただけのこと。
全て自分の蒔いた種だったんだ。
「だいぶ顔色良くなったな」
今日もまた、潤くんは爽やかな笑顔で窓際のサボテンに水をあげてくれている。
「ん…いつもありがと」
「ふふ、何?かずなんか変わったな」
振り向きつつ無邪気に笑うその笑顔を失わずに済んで本当に良かったと。
一ヶ月間、潤くんは毎日のように訪れてくれていたらしい。
そしてベッドの脇でずっと俺にこう言っていた。
"もう一度ちゃんと話したい、お前に分かってもらいたい"と。
もう逃げないから、俺。
今ならきっと全部受け止められる。
そんな気がしてならないんだ。
「あ、そうだ。かずが眠ってる間さ、隣の病室の人と仲良くなったんだ」
ふいに潤くんが思い出したように呟いた。
「このサボテンもその人がくれたんだよ」
「…え」
「ちょっとかずにも紹介するわ」
言い残して部屋を出て行った後ろ姿を目で追い、そっとサボテンへ視線を移す。
あの別れの言葉を最後に、声も姿も現してはくれない。
それでも俺の中にはどこかアイツの存在が宿っているような気がしていて。
"僕はもうにののものになったんだ"
「かず」
呼ばれた先に目を遣った時。
っ…!
「俺らとタメなんだ。な、アイバくん」
ゆっくりと近付いてきたその姿に呼吸が止まりそうになって。
「…初めまして、アイバマサキです。よろしく」
そうして差し出された手を、反射的にぎゅっと握り返した。
ーこれが、サボテンの妖精と名乗る男から愛を教えてもらった俺と。
ソイツに良く似たマサキと名乗る男との奇妙な…
いや、奇跡の物語の始まりだった。
end