煩悩ラプソディ
第41章 積み重なる真夏のsuccess/SM
「…翔さん」
静かな空間にぽとりと落とされたのは、小さいけれど間違いなく俺を呼ぶ声。
ふいの声に目を上げれば、ぶつかったその瞳が明らかに欲の色を帯びていて。
ゆらゆらと揺れながら逸らすことなく向けられる眼差しに思わず息を飲む。
「翔さん、って…呼んでもいいですか?」
「…あっ、あぁ!もちろん、全然いいよ!」
缶ビールを煽りつつ努めて自然体を心掛けようとしても。
一瞬で様変わりした色気のある瞳を見たら、更に早まる鼓動を自覚するしかなくて。
いや緊張しすぎだろ俺!
こんなんじゃカッコつかねぇじゃんか!
グイッとビールを傾けて握っていたリモコンを雑に動かす。
確かに今、こんな絶好のまさに一世一代のチャンスを前に自分を見失いかけているのは認める。
そして松本くんの様子からしてもこの先の展開はほぼ間違いないとも言えるだろう。
でも俺は決してこのひと夏だけとは思っていない。
だってこんなドストライクな相手にこの先巡り会えるなんて望みは薄いだろうし。
だからこそ、せっかく神様が与えてくれた最後のチャンスを見す見す逃すわけにはいかねぇんだ。
体だけが目当ての余裕ないヤツと思われたら最悪だから。
しっかりタイミングを見計らって慎重に…
気を紛らわす為にハイペースになってしまってもそりゃ仕方がない。
グビグビっと喉を動かしてテレビに視線を遣りつつも意識は松本くんへ。
体育座りで膝を抱え、少し頰を緩めて画面を眺める綺麗な横顔。
缶ビールを握った手の甲も真っ白くて、それを口元に運ぶ緩慢な動きですら色気を醸し出している。
ごくり。
ビールを流し込むのに紛れて期待を含んだ生唾を飲み込んだ。
おい待て待て。
慌てるな俺。
こんな美人相手にいきなりがっつくな。
嫌われたらもう何もかも終わりだぞ。
とりあえずいつもの俺のペースを保て。
まずは相手を知ることからだろ。
「あの、松本くんはさぁ…」
コトッと缶を置いたと同時にそう問い掛ければ、弾かれたようにこちらを振り向いて。
え?
その顔がなぜか拗ねたように影を落としていた。
え?なに?
なんかまずかっ…
「…潤」
「…え?」
「潤って呼んでください」