煩悩ラプソディ
第43章 双星プロローグ/AN
するとそこには。
「あ、おかえりなさい」
キッチンに立ち、手元を動かしながらこちらを振り向くヤツの姿が。
なっ…
「ちょっ…お前何してんの?」
「え?何ってご飯を…」
「っ、なに勝手に入ってんなことやってんだよ!」
まさかコイツが居るとは思ってなかった上に。
頼んでもないのに人んちのキッチンで何してやがんだ!
「え、いや…ご飯どうしてるかなって思って…」
「は?なんでお前にそんな心配されなきゃいけねぇの?つーかそれ親父のだから使うな!」
きょとん顔のソイツが身に着けているエプロンは親父がいつも使っているもので。
それが目に入った途端カッとなって詰め寄れば、そこに立ち込める食欲を唆るニオイに思わず反応してしまい。
っ…
フライパンの上でジュージューと音を立てているのは、偶然にも今日の昼に食いそびれた生姜焼きだった。
…ごくり。
思えばあれから何も口にできていない。
無一文だった上に時間を潰そうと無駄に歩き回って体もクタクタ。
やべ、腹減った…
本能的にそこに目を奪われていると小さな囁きがふと耳に届いて。
「もうすぐ出来るから待っててね」
そう言ってフライパンを持ち上げニコリと微笑まれ。
っ…!
……え?
一瞬、ほんの一瞬だけ心臓を掠めたこの心地は一体何?
それからトクトクと定期的に響いてくるこの脈は一体…
「よし、出来た。味どうかなぁ」
ふいに届いたその声に我に返れば、湯気を立てた皿を持ってヤツが振り返った。
「お待たせ。食べよう?」
「っ、なっ…だっ、誰が食うかよ!お前が作ったもんなんか!」
「え、お腹減ってないの?」
「減ってねぇよ!ぜんっぜん減って…」
ぐぅ~…
俺たちの会話を引き裂くように突然主張した腹の虫。
なんでこんな漫画みたいなタイミングでっ…!
顔が赤くなるのを自覚しつつ腹を押さえてみても後の祭り。
「…意地張らないで。ほら食べよう、ね?」
「っ…」
言いながらニッと笑うコイツのこの余裕さはなんなんだって言いたくなる。
固まる俺を無視してダイニングテーブルに皿を運ぶヤツを尻目に。
…生姜焼きに罪はない。
そう言い聞かせながら渋々イスを引いた。