煩悩ラプソディ
第43章 双星プロローグ/AN
対面に座るヤツが"いただきます"と綺麗に手を合わせるのを不思議な感覚で見ていた。
いつもはほとんど一人きりの食卓。
たまに親父が早く帰ってきた日は一緒に食べることもあるけれど。
こんな風に向かい合って食事をすることに正直慣れていなくて。
この四人掛けのダイニングテーブルが埋まることなんて一度もなかったのに。
これからは、親父と新しい母さんとコイツと…
「…どうしたの?お腹痛くなった?」
ぼーっと生姜焼きを見つめていたらいきなり掛けられた声。
目を上げると不安気に覗き込んでくる二つの瞳が俺を捉えた。
「あ、いや…」
「冷めないうちにどうぞ」
ふわりと微笑んだその顔がやけに優しく見えたのは、オレンジがかった電球色のせいだろう。
はたまた極限に腹が空き過ぎて正常な思考が働いていないせいに決まってる。
箸を持ち生姜焼きを取る間もひしひしと感じる視線。
チラと見遣れば瞳を輝かせて何かを期待するような眼差しを向けられ。
…食いにくいったらありゃしねぇ。
そんなヤツの視線を無視して一口頬張ると。
…っ!
思わず目を開いて止まってしまった箸。
なにこれ…
うまっ…!
それを見逃さなかったのか、ヤツがずいっと身を乗り出してきて。
「どうかな?味…美味く出来てる…?」
さっきの余裕はなんだったんだってくらい、遠足の前日の小学生みたいな顔でそう聞いてくるから。
そのまま『美味い』なんて悔しくて言えるはずもなく。
「…まぁまぁかな」
「そっ…かぁ…。まぁまぁね、うん…」
素っ気なく言い放つと、はぁ~とあからさまに溜息を吐いて項垂れるコイツ。
…いやいや俺なんかの評価でそんな落胆する?
つーか普通に美味いよ、悔しいけど。
絶対言ってやんねぇけど。
落ち込むヤツを余所に茶碗を持って箸を進めた。
飢餓状態でこんな美味いモン食わされたら箸も止まんねぇわ。
こういうのを俗に言う"胃袋を掴む"って言うのかな。
ふぅん…
……
…って待て待て待て!
今、『こんな美味い飯食えるんだったらコイツと住んでもいいかも』って思わなかった?
あっぶな…
なに生姜焼きごときで絆されてんだ俺。