煩悩ラプソディ
第43章 双星プロローグ/AN
過ぎった考えを慌てて揉み消して黙々と箸を進めていると。
「…ふふっ」
向かいから漏れてきた小さな笑い声に思わず目を上げた。
目を伏せて口元を動かしながらも、堪え切れないのか口角はまだ上がっていて。
…なに笑ってんだよ気持ち悪ぃな。
「…なに」
「ぁ、いや…」
「……」
「いや、嬉しくて…」
「……あ?」
あからさまに嫌な声で返してしまったけど。
こいつ何言ってんの?
まさか"まぁまぁ"ってやつ褒め言葉だと思ってんの?
そのまま噛み締めるように茶碗のご飯を口に運ぶ様を眺め、ふと思ったことが口を衝いて出た。
「…お前さ、親の再婚のこと何とも思ってねぇの?」
コイツだって今までの生活から一変するんだ。
しかもこっちに越してくる側。
昨日から思ってたけど、なんでコイツはすでにこの状況をすんなりと受け入れてるんだろう。
まぁ見るからに真面目でいい子って感じだから聞き分けもいいのかもしんないけど。
悶々としてるのはほんとに俺だけ?
コイツだってさ、少なからず俺と同じ気持ちあんじゃないの?
もぐもぐと動かしていた口が止まり、静かに喉が動く。
考えるようにやたらゆっくりなその動作に、つい俺も箸を止めてしまって。
少しの間の後、そっと開いた口からぽつぽつと出てきた言葉。
「俺ね…俺の母さんはね、二人居るんだ」
「………え?」
「産んでくれた母さんはね、俺が出てきてからすぐに亡くなっちゃって」
ぼんやり灯る電球色のライト。
それに照らされた顔は話の内容にそぐわずやけに穏やかで。
「それで今の母さんが俺をずっと育ててくれたんだ。
産んでくれた母さんは勿論覚えてもないし。前に父さんが写真見せてくれたくらいかな」
懐かしむように微笑みながら話しているのを、ただ黙って聞いていた。
コイツも…俺と同じなんだ。
俺は母さんの顔は覚えているけど、コイツは見た事もなければ触れた事もないなんて。
どっちが辛いんだろう。
今でも夢に出てくるほど、母さんの面影が鮮明に残る俺と。
自分をこの世に出してくれた存在の記憶が全くないコイツと。