煩悩ラプソディ
第43章 双星プロローグ/AN
けれど、次に発せられた言葉で俺は比較対象から簡単に外れることになる。
「…その父さんはね、五年前に事故で。
それから母さんとは二人きり」
言い終えてこちらに目を上げたコイツを前に、何も言葉が出てこなかった。
小さい頃、母さんの居なかった俺は世界一不幸な少年なんだと思い込んでいた。
親父の愛情が無かった訳じゃない。
むしろ貰い過ぎていたとさえ思う。
けど、やっぱり母さんが居てほしかった。
それは中学生になっても、こうしてもうじき高校を卒業する今になっても変わらない。
心のどこかに抱えた寂しさは他のものでは拭えないと。
そう思っていたんだ。
…そう、思っていた自分が今。
無性に情けなくて恥ずかしくて。
なんでコイツはこんなに笑っていられるんだろう。
血の繋がった肉親が誰一人として居なくなったというのに、なんでこんなに優しい顔で俺を見てるの?
「だから…俺は母さんの再婚には大賛成っていうか。
だって家族が増えるんだよ。こんなに嬉しいことない」
ほらまた。
そうやって笑いかけられると俺が惨めになんじゃん。
いつまでもガキみたいにウダウダ言って逃げてんのは俺だけ。
想い出の中でもがいて現実から目を背けてんのは俺だけなんだ。
カッコ悪すぎじゃん、俺…
ふいに"それに…"と続けた言葉が耳に流れ込んでくるのを意識の隅でぼんやり聞いていた。
「こうして兄ちゃんもできて嬉しくて…」
「……」
「俺ね、ずっと兄弟が欲しかったんだ。だからこれからいっぱい仲良くなりたいって思ってて」
「……」
「ねぇ明日から一緒に学校行こう?ほら、また昨日みたいなことになったら大変だし」
………ん?
「俺が守ってあげる。だから一緒に…」
「はぁ!?」
危うく聞き流しそうになったそのセリフをギリギリのところで掴まえた。
一緒に学校行こうだぁ!?
なに勝手に抜かしてやがんだ!
「ふっ…ざけんなよ!なんでお前なんかとっ」
「え、だって家族だし」
「っ…」
「別に一緒に行くのおかしくなくない?」
…おい、そんな無垢な目で正論ぶつけてくんじゃねぇ。
やめろ、こっち見んな。