煩悩ラプソディ
第43章 双星プロローグ/AN
ぼーっとする頭はそのままにトーストを一口齧る。
朝食の時間は俺にとってはルーティン作業の一つ。
ただ黙々と手を動かして目の前の食事を済ませるのみ。
けれど、意識せずに過ぎる時間が故にどうでもいいことを考えてしまうもんで。
昨日アイツに掴まれた手首やら、至近距離で向けられた真剣な眼差しやら。
更には流されるように口からぽろっと出てしまったアイツの名前まで。
気付けば頭の中でうろうろしているその意識を何度掻き消してもそれらは湧いてくる。
ダイニングテーブルの対面に目を遣れば、空いているそこに鮮明に蘇る昨日のアイツの顔。
"俺が守るから"
っ…
また思い出しそうになった声色を払拭するように、パックジュースを握り潰して飲み干した。
何が男相手に"俺が守る"だ。
こんなのさ、おかしいに決まってる。
絶対おかしいよアイツ。
……
…いや俺もだいぶおかしいんだけど。
昨日のことがどうしたって頭から離れない。
"どうでもいいこと"で片付けられなくなってんだ。
一体どうしてくれんだよ!
アイツのことを考えると食欲も失せて瑞々しいサラダすら喉を通らない。
仕方なくラップをかけて冷蔵庫を開ければ。
中段に親父の作ったカレーの鍋が鎮座していて。
昨日はあんな調子だったから帰ってきた親父とろくに会話も出来なかった。
それでもこうして俺の食べる物は欠かさず準備してくれる親父。
…いつまで甘えてんだ俺。
やっぱり親離れする時期なのかな、そろそろ。
ここに居たってアイツとは毎日顔合わせなきゃなんねぇし。
なんか俺無理っぽいわ。
アイツと居たらおかしくなりそう、俺。
はぁと吐いた溜息と共にパタンと扉を閉める。
ふと時計を見ると時間も迫っていて。
また今日もあの電車に乗らなきゃいけない。
…何もかも最悪だわ。
これからのことを思うと一気に萎える気持ち。
サボろうかなんて一瞬過ぎった思考は、玄関のドアを開けたと同時に飛んでいった。
「おはよう」
ひょこっと覗かせた無駄に爽やかな笑顔。
「っ…!」
「さ、行こう。遅れるよ」
有無を言わさずきゅっと握られた手首を引かれ。
つんのめりながらも慌てて玄関の鍵を締めた。