煩悩ラプソディ
第43章 双星プロローグ/AN
ガタゴトと揺れる電車内。
いつもの満員電車。
いつものドア傍で。
唯一いつもと違うのは、俺の背後に居る人物。
微かな揺れが起こる度にやんわりと当たる体温。
押し潰されそうな圧の中、極力そうならないように気遣う気配。
周囲に視線を巡らせれば皆どこか明後日の方向を見ている。
誰も俺のことなんか見ていないのに。
なぜかこうしているのが無性に恥ずかしいような見られたくないような気がして仕方がない。
………。
後頭部に感じる視線が痛い。
いや痛いと言うより熱い。
無駄に効き過ぎている暖房と相まってじわじわと熱くなる耳たぶを自覚した時。
「…大丈夫?」
左耳にダイレクトに届いた囁き声に思わず肩を揺らした。
「気持ち悪いの?」
「……」
「苦しい?ごめんね、近くて…」
「っ…」
一センチの隙間もないコイツとの距離。
改めてその事実を言われた途端、思い出したかのように脈拍が速くなってきて。
つーか…
ごめんって言うくらいなら後ろ陣取ってんじゃねぇよ!
こんな密室で身動き取れない状況だからどうにもなんねぇけどな、お前なんかとひっつきたくねぇんだよバカ!
バーカバーカ!
そう心の中で思いっ切り叫んでみても静かに電車は走ってゆく。
あと何駅だっけ、とドア窓に流れる景色に意識を持っていこうとしたら。
ガタン!という音と共にぐらっと傾く空間。
うえっ…
その束の間、タンッと真横に伸びてきた大きな手と。
急に現れたアイツの横顔。
「っ、ごめん…!」
堪えるように顔を歪ませて見下ろしてくる瞳と、あろうことか視線を交わしてしまって。
っ…!!
不可抗力で圧し掛かる後ろからの重みと近過ぎるその顔に顔中に熱が集まる。
やっ…ば…
目の前の窓には俺を潰すまいとするように筋張った手。
"俺が守るから"と言った言葉通り、今俺はコイツに守られている状況で。
痴漢から守るって意味合いの筈のそれが、まさかこんなパターンもあるとは。
つーかこの体勢なに?
…え、窓ドン?
恥ずかしさとむず痒さと情けなさと、もう何がなんだか分からない感情が押し寄せてきて。
左耳には無言の息遣いを感じたまま。
下車駅までひたすら俯くしか術はなかった。