煩悩ラプソディ
第43章 双星プロローグ/AN
駅までの道程をゆっくりと歩く。
澄んだ暗闇に二人分の白い息が上がって。
駐車場で散々昔話をしていた間中、言い出そうかどうしようか迷っていたこと。
いくら近況を聞かれても何となくの返事ではぐらかしていたけれど。
どうしても智と自分を比較してしまって打ち明けられないでいたけれど。
やっぱり智は智だった。
話しているとその雰囲気に包まれるように力が抜ける。
あの頃みたいに何も考えずに笑い合える。
だから…だからさ、智。
また前みたいに、何も言わずに俺の話聞いてくれる…?
「それでさぁ、こないだカジキ船に乗るって実習があってな、」
「ねぇ智」
のんびりしたその声を遮れば、少し驚いたようにこちらを振り向き。
元々ゆっくりだった歩幅が更に落ち、じっと黙って俺の言葉を待ってくれている気配がして。
俯いたまま静かに口を開いた。
「…親父さ、再婚すんだ。今度…」
「えっ」
「それで…新しい家族、っつうかできんだわ」
「うえぇ~マジか!そっかぁ!」
車の行き交う大通り。
通行人も居るというのにそこそこの声を上げる智。
しかもその顔がなぜだか凄く嬉しそうで。
「良かったじゃんお父さん!へぇ~そっかぁ…え、家族ってきょうだいも増えるってこと?」
「ん~…まぁ。弟…?」
「えっマジか!めっちゃいいじゃん!俺も弟欲しかったぁ」
「そんないいもんじゃないよ、一個しか変わんねぇし」
「それもっといいじゃん、友達みたいな感じだろ?」
「ふふっ、やめろって」
あれだけ言わないでおこうと思っていたのに、言ってしまえば何てことなくて。
再婚が原因でプチ家出したこと。
進路についてまだ親父とちゃんと話していないこと。
ついいつも友達に当たってしまうこと。
そんな俺の情けなくて恥ずかしい話ですら、智はうんうんと笑って聞いてくれた。
「ねぇ今度会わせてよ、弟くんに」
「やだよ、絶対やだ」
「なんでだよぉ、俺も弟欲しいんだもん」
「知らねぇよそんなの」
「冷たいこと言うなよぉ~」
「うわっ!ちょ、やめろって!」
駅まで歩く道程。
あの頃に帰ってバカ笑いしながらたくさん色んなことを話した。
…だからつい。
誰にも話すつもりなんてなかったことも口走ってしまったんだ。