煩悩ラプソディ
第43章 双星プロローグ/AN
ビリビリとガムテープを剥がす音と時折漏れる"よいしょ"という声。
一階の荷解きをしていたら親父に『お前は雅紀くんを手伝え』と命令され。
あんな夢を見てしまった直後に同じ空間に居ないといけないなんて何の罰ゲームだよ、と内心ぼやきながら。
俺の部屋の向かいにある小さな書斎。
親父が使っていたこの部屋は、これからは雅紀のものになる。
あれだけあった本はどこに行ったんだってくらい綺麗さっぱり何もない状態。
せっせと荷解きする気配を背中に感じつつ、段ボール相手に小さく溜息を吐いた。
つーか…なんか言えよ。
こっちはさっきから黙々と作業してるだけで息が詰まりそうなんだよ!
手元を動かす音だけが響くこの部屋。
背後の雅紀のことは見えない状況だけれど。
何故かジッと見られているような何とも言えない感覚に襲われて。
ふいに夢の中の光景が脳裏に浮かんできた。
背後から伸びてきた大きな手と、耳元で囁かれた熱い吐息。
そしてぴったりと密着した状態でまさぐられる感触。
っ…
「…兄ちゃん」
「うっわっ…!」
急に呼ばれて思わずぴょんとケツが宙に浮いた。
左耳を押さえて振り返れば、お得意のきょとん顔でこちらを見ていて。
「…ごめん、びっくりさせ」
「急に呼ぶなよバカ!びっくりすんだろっ!」
たじろぐ雅紀に被せるようにして怒鳴る。
こんな大声出す場面じゃないのは分かってるけど。
こうしてないとなんか無理。
バクバクと鳴る心臓を見透かされているんじゃないかと思う程に真っ直ぐなその瞳に。
途端にじわじわと熱くなる耳たぶ、頬。
なっ…
なんなんだよ!なんか言え!
…いややっぱ言うな!つーかこっち見んな!
どこか窺うような視線を向けてくるその瞳がゆらっと揺らめいて。
「…やっぱ迷惑かな、俺…」
……は?
水分の多くなった瞳が伏せられ、声色も段々と小さくなり。
「兄ちゃんにとって俺…迷惑な存在だよね…?」
「……」
「…ごめん、急に入り込んできて…
俺のこと邪魔でしょ…?」
「……」
「でも…俺まだ高二だし、どっか行けって言われてもすぐには…」
「あのさ」
ぽつり呼び掛ければ赤くなっている瞳が弱々しく上げられた。