煩悩ラプソディ
第43章 双星プロローグ/AN
枕に押し付けている左耳の鼓膜にどくんどくんと響いてくる心音。
熱いくらいの背中の温もりはそのままジッと動かずに。
「寝ちゃったなら…言ってもいいかな…」
静かに発した声はシンとした部屋にこだまして。
微動だにしない気配に心臓は速まるばかり。
…コイツは何を言おうとしているんだろう。
つーか…
普通寝てるって分かってたら黙らない?
静かにしてようって思わない?
やっぱり雅紀の思考回路は理解できない。
こんな逃げられない状況で俺に何を言おうとしてんの?
「かず…」
「っ…!」
ぽつり溢されたその言葉に肩が動きそうになったのをすんでで堪えた。
なっ…
「これを機に名前で呼びたいなって思ってたんだけど…ダメかな?」
「………(ど、どれを機に…?)」
「兄ちゃんもいいけどやっぱ名前のほうが仲良くなれそうだし…」
「………(何勝手なことっ…)」
「かずくん、とかどうかな…」
「………(くん?くん付け!?)」
雅紀の中では俺は寝ている前提の筈なのに。
まるで会話をしているかのような口振りに恐怖すら覚える。
しかもその内容が…
ふいにもぞっと後ろのカタマリが動く気配がして。
もぞもぞと動いて止まったと思ったら、背中にじんわりと感じる熱。
っ…ちょっ…!
どうやらこちらに向き直ったらしい雅紀が、くの字に曲げた俺の体に沿うように纏わりついてきた。
瞬時に蘇るあの夢。
密着した体と這い回る大きな手の感覚が全身に駆け巡る。
や、ばっ…
掴まれたみたいにきゅうっと縮こまる心臓と。
狭い空間でそうならざるを得ないぴったり密着したこの体勢に。
否が応でもジンジンと反応してくる俺の中心。
…近い近い近いっ!
マジでお願いだからそれ以上くっつくなって!
「明日から呼んでいい…?」
「っ…」
すぐ後ろの首元に囁かれた声はさっきよりも随分小さくなっていて。
コイツなりの配慮なのか知らないけどそれならもう黙ってろと言いたい。
それなのに。
「じゃあ…おやすみ、かずくん…」
小声で囁かれたそれに耳たぶが燃えるようにボワッと熱くなった。
つーか…
明日からって言ったのに呼んでんじゃねぇバカ!