煩悩ラプソディ
第43章 双星プロローグ/AN
「なぁ…あのさ…」
呼び掛けると布団に入ってこちらを見上げる雅紀の瞳とぶつかる。
「あの、今日の帰りにさ…ほらアイツ。朝ぶつかってきたヤツ。アイツが謝りにきた」
「えっ、松潤?」
「あぁ、そんな名前だっけ。そう、アイツ…」
「そっか、良かった。俺が言ったの、謝ってきてって」
「…え?」
目を細めてぬくぬくとした顔でそう言う雅紀に思わず聞き返した。
「だって俺の大事なかずくんになんかあったら大変じゃん。ちゃんと謝れよって言ったの、俺が」
「っ…」
"良かった、謝ってくれて"って笑うその顔を見れなくてふいっと目を逸らす。
大事って…
うん、あのアレだろ。
そう…家族だからってヤツだろ。
そうとは分かっていても突然のそのワードに耳たぶが熱くなるのを自覚して。
「べっ、別にわざわざそんなことしてくれなくてもいいのに…」
「ダメだよ。かずくんは俺の大事な兄ちゃんなんだから」
…ほら、やっぱり。
そうに決まってんだから。
上がったと思ったら落とされるジェットコースターみたいに。
心も体も揺さぶられるのを分かっているのについ乗ってしまう感覚と似ている。
…ほんとに後戻りできないんだな、俺。
レールの上に乗っかっちゃってんだ、もうすでに。
「松潤ちゃんと謝ってた?アイツ目悪いからいつも顰めっ面なの。せっかくのイケメンが台無しだよね」
ガチャガチャとゲームを片付けている背中に楽しそうな声が刺さり。
「他になんか話したの?」
「っ…」
「あれ、もしかして仲良くなっちゃった?」
やけに弾んだその声色にアイツの声がまたリフレインして。
"無理だと思うよ、あんたじゃ"
そしてなぜか思ってもなかったことを口走ってしまった俺。
「お前さっ…誰か好きな人とかいんの…?」
声量も間違ったし、どう考えたって今の話の流れじゃない問い掛け。
振り返ったまま、自分の発した台詞なのにそれが宙に浮いたようにそこにふらふら漂って。
俺…なに言ってんの?
いっそのことこのままブラックアウトしてしまいたい。
けれど、視線の先の雅紀の様子で一気に現実に引き戻された。
驚いたように見開いた目とみるみる内に赤く染まる頬。
それだけで肯定の意味なんだと嫌でも思い知った。