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煩悩ラプソディ

第43章 双星プロローグ/AN






店の前で智と別れ、いつもより少し遅い時間の電車に乗った。


と言ってもバイトがある日はもっと遅いワケで、丁度帰宅ラッシュと重なってしまい満員に近いこの状況。


ガタゴトと揺れる空間の中、駆け巡るのはさっきの智の言葉。


"伝えなきゃ分かんねぇじゃん"


ドア窓に映る景色に目を遣ると、暗闇に反射した自分の顔が目に入って。


伝えるったって…


そんなの無理じゃん。


だって雅紀は俺のこと兄貴としか見ていない。


そりゃ確認なんてしたわけじゃないけど。


なんとなく分かる。


雅紀の俺を見る眼差しは、俺のそれとは違うって。


智はああやって簡単に言うけど。


…やっぱり無理だって、こんな気持ち。


また視線を景色に移そうとした時、ふいにすぐ後ろに居る男と目が合った。


っ…


ニヤッと口角が上がった顔にぞくっと悪寒がしたと同時に。


もぞっと触れるあの感触。


…っ!


ガタゴトと揺れる車内は、朝とは違い話し声も多少聞こえてくる。


それに紛れるように密着した背後から左耳に届いた声。


「…久し振りだね。今日はこの時間なんだ…」

「っ…」

「最近はお友達と一緒だったからさぁ…全然近付けなかったよ」


耳を掠める気持ちの悪い声にゾッと鳥肌が立つ。


ここ最近は雅紀が一緒だったから油断していた。


しかもコイツは常習の一人らしい。


いつもならグッと堪えられるのに。


触られる感触と耳に触れる吐息がどうしようもなく気持ち悪くて仕方がない。


心臓が早鐘を打ち息苦しさが募る。


雅紀の体温じゃない。


雅紀の感触じゃない。


雅紀の声じゃない。


「可愛いよね、君…」

「ゃ…」


やめろ、触んなっ…


「もしかしてさぁ…こういうことされんの好きなの?」


やだやだ…
いやだっ…


助けて、雅紀っ…!



***



一刻も早く逃げ出したくて二つ手前で下車した駅のトイレ。


バシャバシャと顔を洗っても全然治まらない悪寒。


染みついたように残る手の感触も象られたまま。


ポタポタと雫が落ちる顎。


寒さで血色の悪くなった唇。


未だ赤いままの目。


鏡に映った情けない自分の顔をこれ以上見ていられなくて。


っ…


マフラーで顔をごしごし拭いてトイレから駆け出した。

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