煩悩ラプソディ
第44章 恋してはじめて知った君/SO
そして真っ直ぐに届いた声。
「智!」
そう呼ぶ顔が一段と綻んだような気がするのは、きっと俺のフィルターを通しているせい。
目の前に居た松本くんが振り返りつつ体を避ければ、開けた先にはぽっかりと空いた空間が。
少しの間のあと、何となく一歩を踏み出したと同時に。
急に目の前が揺れて。
っ…!
首にぎゅうっと纏わる腕の心地。
こんなに近くに感じたことなど只の一度もない温もり、匂いとが。
瞬く間に今起きているこの状況を知らしめてくれた。
えっ…!
なっ…なっ、さっ…さく、ら…
「智~…元気だった…?」
「っ、う…うん…」
「そっかぁ…」
鼓膜に響くその声はひどく安堵したような、それはそれは小さなもので。
今この瞬間だけ、切り取られたようにその声色が鼓膜に留まっている。
どくどくと波打つ鼓動は、隙間も無く合わさった胸元から確実に伝わっているに違いない。
櫻井くん…
ど、どうしたの…?
「ちょっと翔ちゃん、もうアメリカに染まったワケ?」
「いきなりハグとか欧米か!」
「あっはは!なつかし~」
寸断されていた音声が開通したかのように突然聞こえた声。
茶化すように俺たちを取り囲む三人の笑顔に。
一気にこの状況を実感させられてたちまち顔に熱が集まる。
「ほら大ちゃん苦しそうじゃん!
って、わ!顔真っ赤!大丈夫?」
べりっと相葉くんに引き剥がされて櫻井くんの温もりが離れ。
メガネを上げつつ恐る恐る見上げれば、間近には少しバツの悪そうに笑う顔があって。
「…ただいま」
ふふっと笑みを溢しながらそう告げられ、それにはこう返すしか術はなく。
「お…おかえり、なさい…」
そう言って微笑むと、レンズ越しの瞳が一層細められたような気がした。