煩悩ラプソディ
第44章 恋してはじめて知った君/SO
夕陽が差し込む放課後の教室。
窓側の自分の席の前。
昼休みになると代わる代わるみんなが座っていたそこに。
「…なんか緊張すんな」
今日は、照れ笑いながらこちらを見る櫻井くんが居て。
あの日以来、毎日のようにみんなの似顔絵を描いていたけれど。
櫻井くんだけは俺のイメージと記憶の面影を頼りにするしかなくて。
本当は一緒に送りたかった絵。
でもやっぱり、ちゃんと描きたいから。
…そして、今度こそ伝えたいから。
"こうしてるだけでいいの?"と確認され、うんとだけ頷き。
スケッチブックに鉛筆を走らせながらチラチラと目線を送る。
畏まったような面持ちのその瞳と、今この時間だけは真っ直ぐに向き合える気がして。
平面上に宿していくのは、フィルター越しの櫻井くんとクリアな自分の想い。
曲線のひとつひとつに気持ちを込め。
視線を上げる度に戻される目線にいちいち鼓動が速くなるけれど。
この絵を描き上げて、気持ちの準備が整ったら必ず…
「…なぁ智」
ふいに名前を呼ばれて思わず手を止めた。
夕陽に照らされて赤く染まる顔。
その瞳は窺うようにこちらを見つめていて。
「話しかけてもいい?」
「ぁ、うん…」
目を合わせることができたのは一瞬で。
何とかそう返すとすぐにスケッチブックに視線を落とした。
静かなこの空間に櫻井くんと二人きり。
自分で場所を設定したくせにまた緊張感が募ってくる。
「…みんな元気そうで良かったよ。もちろん智も」
「……うん」
「急だったからさ…あん時。俺もさ、ようやく慣れるかなって感じ」
「……うん」
穏やかな声で話しかけてくる言葉に、小さく頷きながら返すのが精一杯。
目の前に居る櫻井くんと平面上の櫻井くん。
そのどちらにも向き合う要領の良さは俺なんかには持ち合わせていなくて。