煩悩ラプソディ
第45章 流星エピローグ/AN
電車に乗ってもその動悸は治まることはなく。
いつものようにすぐ傍に密着する気配。
揺れの度にドア窓に押し付けられる体を守ってくれる背後の温もり。
…まさか。
まさかのまさか。
俺だけが思い上がってたことじゃなかったんだ。
雅紀も、我慢してたって…
独り占めできる、って…
俺を?
もちろん俺だよね、うん。
ちょっと待ってどうしよ。
ヤバい、急に緊張してきた…!
ガタゴトと揺れる超満員電車の中で。
圧迫感が原因ではない汗がじんわりと背中を覆いだす。
背後に感じる密着した雅紀の心地、息遣い。
さっき耳元で囁かれたフレーズが何十回もリフレインして。
脳内を駆け巡るのはこの日まで幾度となく勝手に妄想したシチュエーション。
やばっ…
その時、ガタン!と音がして恒例のカーブに差し掛かった。
重力に耐え切れず否応無しに傾いていく体。
周りからの加重を全て受け止める雅紀がきゅっと肩を竦めて更に密着する。
同時にふわりと香ってくる整髪料のいい匂いが鼻を掠めて、思わず片手で口を覆って目を瞑った。
やばいやばいやばいっ!
こんなとこでヘンな感じになっちゃマズいっ…!
「…かずくんどうしたの?大丈夫?」
至近距離で小さく問い掛けられた耳元。
その突然の声色にぴくっと肩を揺らしてしまい。
「気分悪いの?次で降りよっか?」
「っ…ちが、」
「かずくん?こっち向いて」
覗き込まれる気配に益々目なんか合わせられない。
背中を伝う汗と口を覆う手がこもった熱気を連れてくる。
一刻も早くここから逃げ出したい。
でも降りたところで雅紀が着いてくる。
とにかくこのヘンな思考と体をどうにかしなくては!
「…雅紀、」
「うん?大丈夫?」
「次、降りていい…?」
チラッと目を上げて訴えると眉間に皺を寄せた真剣な眼差しでこくんと頷く雅紀。
やがて駅に滑り込んだ電車のドアが開き、ドア前に居た俺たちはすぐにホームに降り立ち。
…雅紀、ごめん!
数名が降りたところでタイミングを見計らい、また電車の中へ飛び乗った。
「えっ、かずくん!」
プシューっと音を立てて閉まる扉の外。
慌てた顔の雅紀に両手を合わせて"ごめん!"と呟いた。