煩悩ラプソディ
第45章 流星エピローグ/AN
逃げ場のない状態で真っ直ぐに見下ろされる視線。
その真剣な眼差しに聞こえるんじゃないかって程バクバクと鳴る心臓。
「…ねぇ、」
「っ…」
小さく届いた声は予想以上に低くて、思わず瞳が揺らいでしまったのが自分でも分かった。
絶対に今朝のことだ。
置いてけぼりにしたことめちゃくちゃ怒ってんだ。
ど、どうしよ…
逸らしてしまいたいと強く思うその視線から逃れられずに。
壁に追いやられた体は身動きを取ることもできないまま固まるしかなく。
…雅紀ごめん。
嘘ついて騙したりなんかして。
でもあの状況で一緒に居るのは限界だったんだよ。
だから…
ゆらゆらと揺れる瞳にぐっと力を込めて口を開こうとした時、すんでの差で雅紀の呟きが耳に届いた。
「あのさ…なんで一人で電車に乗ったの?」
「……それは、」
「具合はもういいの?」
「…ごめん雅紀、あのっ、」
「何もされなかった?」
「……ぇ?」
遮られた問いの意味が分からずに訊き返せば、さっきまでの曇った表情とは違う窺うような瞳で見つめられ。
「…なんで一人で乗っちゃうんだよ。あれだけダメだって言ったのに」
「あ…いやあの、」
「ほんとに大丈夫?ほんとに何もなかった?」
両腕をがしっと掴まれて覗き込まれる真剣な眼差し。
その心底不安そうな瞳に雅紀の意図が分かり、じわじわと込み上げてくるのは罪悪感と高揚感。
雅紀…
悪いことをしたって気持ちと相反してこんなにも大事にされてるって分かって。
「…ごめん、大丈夫。何にもされてない…」
「ほんと?はぁ~良かったぁ…」
返事をしてすぐに安堵の息を吐いて項垂れた少し高い位置にある雅紀の顔は。
いつもの優しい瞳で俺を見つめていて。
「かずくんに何かあったらどうしようかと思った」
「…うん、ほんとごめん…」
複雑でいて、けれど胸の高鳴りを抑えられずにそう溢すと。
ふいにくいっと腕を引き寄せられ。
「…俺の知らないとこで傷付いたりなんかしないで」
「っ…」
ぎゅっと力のこもる腕と掠れた囁きに雅紀の想いを痛い程知った。