煩悩ラプソディ
第45章 流星エピローグ/AN
まるで言い聞かせるように。
駄々をこねた子どもを宥めるように背中に当てられる大きな手。
重ね合わせた胸からとくとくと鼓動が伝わってくる。
同時に温かさも連れてくる優しいリズムに身を委ねて。
「…だからさっき言ったじゃん。俺だけ見ててって」
「……」
「ずっと一緒に居るからって」
少しずつ冷静さを取り戻しつつある頭に浮かんできたのは、靴箱で俺を見つめる真っ直ぐな瞳。
切羽詰まったように不安気に揺れるその瞳に違和感を覚えたのは確かで。
まさかあの言葉にはそんな意図があったなんてと、今更ながらに合点がいった。
告白されたなんて普通はそう簡単に恋人に打ち明けられないと思うのに。
俺だったら黙っておくかもしれない。
でも、その事実を以ってしても一度引いた矢は全く逸れることはなく。
時間差でこんなにも俺の心のど真ん中を撃ち抜くことが出来るのは、きっとそれが雅紀の本物の想いだから。
しがみついていた首元からそっと顔を離す。
ゆっくりと目線を合わせると黒く澄んだ二つの瞳には俺だけが映っていて。
今度は俺の番。
ちゃんと届くか不安だけど。
こんなおかしな格好で何やってんだって思うけど。
でも、この瞳を前にしたらそんなマイナス思考は嘘みたいに消え去るから。
「…雅紀、」
「…うん?」
普段の景色とは違って下から見上げられながら。
続きを促すように口角が緩く上がる。
「俺もお前と…」
「……」
「ずっと…一緒がいい…」
「…うん」
心許なくなってスウェットの裾をぎゅっと握れば、腰に回っている雅紀の腕にも少し力が込められた。
引き寄せられて更に至近距離になり、鼓動がどくどくと速まるのが分かる。
絶対に逃げない。
いや、逃げてたまるか。
本当の俺を曝け出すまでは。
「お前だって…俺のことだけ見てろよ」
「ふふっ…うん」
「マツジュンに気許したりすんな」
「ん、もちろん」
目の前には目尻に皺を寄せて微笑む顔。
腰辺りをさわさわと撫でられる心地に段々と体も熱くなってくるけれど。
これだけは絶対に言っておかないと気が済まない。
「雅紀のこと一番好きなのは…俺だから」