例えばこんな日常
第15章 この胸のトキメキは/MN
なんとか次の駅で降りてトイレへ駆け込み、事なきを得た。
あれから、かずはずっと具合が悪そうで。
教室の窓からグラウンドを覗くと、案の定体育の授業は脇の方でちょこんと体育座りをして見学していたし。
帰り際にかずのクラスに迎えに行っても、まだ顔色は優れないようだった。
「ねぇ父さん、親父って今日遅いんだっけ?」
夕食後、カウンターへ食器を運びつつ、流し台で手を動かす対面の父さんに問いかける。
「うん。翔ちゃん今日は会社の飲み会だって」
手際良く食器を洗いながら、俺の手からも食器を受け取りつつそう返ってきて。
ふとソファに目を遣れば、背凭れに体を沈ませてぼんやりテレビを観るかずの姿。
そういえば、さっきもほとんど夕食に手を付けてなかった。
せっかくかずの好きなハンバーグだったのに。
「潤かかず、もう先にお風呂入っちゃいな」
キュッと水栓レバーを上げて片付けを終えた父さんが、カウンターキッチンから顔を覗かせた。
かず具合悪そうだから、先に入ってゆっくり休んだ方がいいよな…
「…かず先に、」
「ただいまぁー!」
ソファに居るかずに声を掛けようとした時、バタンと玄関の開く音とボリュームがデカ過ぎる声がリビングへと響いて。
「あ、翔ちゃん」
ぽつり呟いた父さんがリビングのドアに視線を向ければ、勢い良く開いたドアからご機嫌に酔い潰れた親父が現れた。
「ただいまぁ~!
みんなぁ~帰ったぞぉ~!」
「おかえり。意外と早かったね?」
「当たりめぇだろ~!
雅紀に早く会いたかったんだからぁ~」
言いながら、父さんの顔を両手で挟んで口を近付けようとしてて。
『はいはい、俺もだよ』と軽くあしらいつつするりと躱す父さんは、親父の扱いを良く分かってる。
やけに酔い潰れてる親父を怪訝に見つめていると、それに気付いたらしく満面の笑みで俺に向かってきた。
「じゅ~ん!ただいまぁ~!」
「おかえり…。
てゆうか飲み過ぎじゃん」
「お、バレたかぁ~!お前すげーなぁ!」
「んなのバレるよ。
ほら、スーツ脱げば?」
「なんだよ~!
潤、ほらっ、ぎゅ~っ…」
「っ、やめろよもう!」
がばっと抱き着いてきた親父に抵抗して身を捩っていると、後ろから楽しそうに笑う声が聞こえてきた。